2 球と柵と少女
「んぁ!?…。え?」
何もない真っ白の空間に一人立っているコロン。そしてコロンは明らかに動揺していた。
――どこ。ここどこ!?
リアナの部屋で寝てしまった事に気づいたがどう考えてもおかしい。少女の部屋が一瞬にして真っ白のだだっ広い部屋になってしまったのだろうか。
――んなわけないよな。
「おーーい!」
「誰か居ませんかーー!」
無駄だろうとは思いつつ叫んでみる。自分の声がやまびこのように響くが何も変化は無い。
――ほんとなんなんだよ。
あの百時間連続ログインから謎めいた現象が連発している事に疲れすぎたのだろう。と判断し、その場で寝ころんだ。
上を見ても横を見ても、どこを見ても真っ白な世界。自分の平衡感覚が失われていくのが分かった。
もういっその事、もう一度眠ってしまおうと思った時だった。
「三十四番目がお前だな。」
声が聞こえた。しっかりと。
コロンが立ち上がり、その声のした方を振り向いた。
その方向には、光沢のある黒い球体が浮いていた。
「こんなんあったかな。」
その球体がいつ、どのようにしてこの空間に現れたのか疑問に思った。好奇心から球体に近づき触ってみる。表面は固く冷たかった。
――鉄でできてんのかな。
今度は指で弾いてみた。――高い音が響く。
「いてぇ!!」
取りあえずは無害な物だろうと判断を下し、その場に座ろうとした時だった。
体におもりを大量に付けられたように重くなって倒れこんだのである。
――お、重い。
「これで愚行の償いとしてやろう。感謝せよ。」
また声が聞こえる。そしてその声の主が目の前の球体である事が確定した。
――な、何を…!
言葉に出せないほど自分の体は重く、自分の思うように動かせない。それでも体を動かし、仰向けにして球体を睨んだ。
「はぁ…。何、を…。する、んだ…。」
途切れ途切れになりながらも言葉を紡ぐ。そうするとすぐに返事が返ってきた。
「言ったであろう。貴様の愚行の償いじゃ、と。」
「ぐ、ぐこう…?」
「分かっておらんのか。極刑でも文句は言えんな。」
「ころす…のか?」
「殺すというのも手じゃが、あまり面白くないな。」
「じゃあ…なに…を。」
「黙れ。」
球体の声の様子が変わった。そして新たに言葉が紡がれてゆく。
「貴様は第三十四番目の歯車として『恒常性』を保つ働きをせよ。これに拒否権は認められない。」
「なお三回ある質問権は既に使用済みのため、答えられない。」
「しかし発言は許される。何か言いたいことはあるか。」
仰向けのまま微動だにしないコロンは球体の発言がどの様な意味を持っているのかについて必死に思考を走らせていた。
初めの『第三十四番目の歯車』、『恒常性』が最も重要なフレーズだという事は即座に分かった。それらを問おうとしても質問権の消失、すなわちこれ以上の質問をすれば何が起こるか分からないという事。
――あれは敵にしたらやべぇ。でもなぁ。
「第三十四番目の歯車だとか恒常性だとか、知らないことばっかりなのであなたの期待通りの働きができるか分かりませんが、それは知ったこっちゃないので拒否権とか意味ないと思いました。
まぁ、このワードだけでも教えてくれたら期待通りの働きをしようと思ったのになー。」
質問にはならない形で一方的に言ってやった。
しかも口を開こうとした瞬間、胴体と頭に限って異常な重さが無くなったので口数がすこしばかり増えた。
「残念だなー。残念だなー。」
「そうか。ならば頑張ってくれ。たかがNPCだがな。」
「…。え?」
「では貴様の意識を戻す。」
「いや、ちょっと待って!もう少しだけ!すこしだけ…」
黒球の宣言の後、コロンの意識がまた抜けていく。
止めさせるための言葉もスルーされ完全に意識を失った。
――――――――――――――――――――――
「―――ン!――じょうぶ!?」
「…。ぁぁ…。うん。」
「コロン!大丈夫?」
「うん。大丈夫。ごめん。」
再び意識を取り戻したとき、リアナが必死にコロンの体をゆすっていた。
「ほんと?ならいいんだけど…。」
「ごめんね。」
なんとかリアナをなだめて窓から空を見上げた。特に理由もなく眺めたが綺麗な星空が見れた。
しかし、大地に赤い点が無数に存在している事にも気が付いた。
「ちょ、ちょっとリアナ!あれ見て!」
「どうしたの?―え!?」
「あれってモンスターだったりする?」
「うん。」
「早く知らせないと!」
コロンが言い残し部屋から走り出そうとする。しかしコロンの腕をリアナが掴んで止めた。振り返ってリアナに言う。
「やばいだろ!?どう考えても!」
「大丈夫だよ?」
「どこがだよ!あれ知ってんの俺らだけかもしんねぇだろうが!」
「ほら。見て。」
冷静すぎるリアナと口が悪くなっているコロン。
リアナがコロンから窓へ視線をそらし、コロンも同じように窓を見た。
目を凝らすと窓の向こうの赤い点は一つ一つがモンスターであることが分かった。一つ目の犬に似た動物で脚や胴体は肉が朽ち骨が見えている。
それらの大群が街へ接近し、しょぼい柵を飛び越えようとした時だった。
犬もどきが弾かれたように地面に倒れたのである。そして高さのない柵から光が溢れだす。
「あ、あれってどうなってんの?」
「防護壁が展開されるんですよ。」
「ぼ、防護壁!?」
――中2くせぇ。けどやべぇ!!
光が収束していき上へ伸びていく。三階建ての建物ぐらいの高さになった時、今度は柱から横に細い光の棒が伸び横の柱とつながっていく。
それが五十㎝おきに繋がっていった。そしてすべて繋がりきった後、魔法陣が展開された。
それは街をすべて囲い、リアナの言う通り防護壁を形成した。
「これでモンスターの類は処理されるんですよ。あの魔法陣に触れるとダメージを食らうらしいです。」
「へ、へぇ…。」
「安心してもらえましたか。」
「うん。さっきはごめん。」
「いえ、いいんですよ。」
大人げない発言を少し反省する。そして窓から防護壁を眺めていた。光を発する防護壁にロマンを感じていたかった。
「あのさ黒い球とかって知ってる?」
「黒い球ですか?ごめんなさい。ちょっと…。」
「だよね。ごめんね。」
「いえ。」
会話がそこで途切れ少しの間が開いた。それも爆音によってかき消されたが。
モンスターの大群の戦闘よりも少し後ろに位置していた何か、が防護壁を破壊した。
そしてその一部始終をコロンは見ていた。
『何か』はヒト型だった。それは右足を後ろに出し、地面を踏み込む。
それと同時に右腕を引き、正拳突きと似た攻撃をした。
腕の延長線上に風が巻き起こり砂埃を巻き上げ、爆音を上げて防護壁に衝突したのである。その衝撃に魔法陣は壊れ、光の柵も壊れた。そこからモンスターが次々に侵入していた。
それと同時に甲高い鐘の音が鳴る。
「こ、これはヤバイんじゃないか!?」
「でもこの街はそれなりに戦える人が居るので大丈夫だと思います。」
「冷静なんだな。でもここ、街の端っこだからここが一番危ないところじゃないの?」
「そ、そうでした!!街の中心部に逃げましょう!」
「お、おう!」
天然かちょろいのか分からないリアナを連れて部屋を出て一階に降りる。一階には『お母さん』とリアナから呼ばれている女性が居り、共に家を出る。
その時、街に混乱が起こっていることが分かった。
コロンたちと同じように避難しようとする者、モンスターと戦おうとする者、どうすればいいのか分からずただ騒ぎ立てる者。
通路はそれでごった返していた。
「裏道みたいなんはないの?」
「あ、あります!こっちです!」
「あら、凄い人ねぇ。」
「お母さん!ちゃんと付いてきてよ!?」
リアナの先導で裏道へのルートへ進んでいく。遠くの方で金属の音やモンスターの鳴き声が聞こえてくる。戦闘は既に始まっているようだった。
大きな道から逸れて細い裏道に入って進んだところでそれと出会った。
『ガルルルル』
モンスターの声。それはコロン達とモンスターが遭遇したという事を表す。細い裏道で二度目となるモンスターとの接触。
「気持ちわりぃな。」
「そんな事もないですよっ!っと!!!」
その犬もどきはリアナの方をちらりと伺うと飛び掛かった。それをいともたやすく回避し、態勢を立て直すリアナ。
「これでも一応、冒険者なので戦えますよ!」
「フレイム!」
リアナが叫びながら腕を前へ突き出すと手に光が収束し炎の玉を形成した。そしてそれがモンスターの方へ飛んでいく。どれも一瞬の出来事だった。
「フレイムなんちゅう初期魔法…。使う奴居るんだな。」
「えぇ?コロンさんフレイムは知ってるんですか?」
「知ってるよ!?初期魔法だろ?」
「そ、そうですけど…。っと。」
会話の最中にも犬もどきはリアナへ襲い掛かってくる。避けつつまたあの魔法を放つリアナ。
「ダメージ量が足りなさすぎるんじゃないか!?」
「そうみたいですけどっと。こうするしか無いんですよ!」
「マジかよぉ。」
必死に最善策を探すコロン。
――あぁでもない!こうでもない!!クソっ!
その間も攻撃を避けてはフレイムを放ち続けるリアナ。しかし顔色が次第に悪くなっていく。
「ダメです!MPが無くなり…」
「MP回復アイテムは!?ってえぇ!?」
リアナの動きが完全に止まった。微動だにしていない。そして犬もどきがこちらを見ている。
「リアナ!?リアナ!!」
犬もどきの直線的な攻撃を避けつつリアナを呼び続ける。しかし少女は反応することもなく、むしろ体が透けていきつつある。
「そんな訳ないだろうな!」
「リアナ!!」
「リアナ!!!」
リアナの体のドットが荒くなり消えていく。
「ここでするのか!お前は!!」
リアナの体が、装備が、全てが消えた。
「ログアウトを!!!!」
ドットが荒くなり、色が抜ける。その現象はコロンにとって何度も見た光景。
それすなわち、『ログアウト』だった。
2018/03/24 本文、改稿。