1 まんまなんだけどちょっと違う
少女の先導で街へ進んでいく。見た感じでは少しグレードの低い街のようだった。
街の周りは気休め程度しかない柵に囲われており、茶色が目立つレンガ造りの建物が多い。
――中世ヨーロッパ…のしょぼい版。
そこから街の中へと入っていく。街中には鎧を着た戦闘を生業としていそうな人や商いをしている人などが沢山いた。
そこから少し奥へ入ったところに少女の言う宿があった。
宿というと正面玄関から入れば受付があり、美人の女性が待機している。チェックインをすれば部屋に入り、ふかふかのベッドか布団で眠ることが出来る。
――はずだよなぁ!?
「え?ここ宿?」
「ちょ、ちょっと宿とは違うんだけど…。そう!寄るだけだから…ね?」
少女が宿とは雰囲気の違う建物に入った時、全身装備のおっさんのオンパレードに違和感を覚えた。
それを聞いてみれば案の定、少女は動揺し、「ただ寄るだけだから」と抜かしてくる。目線を泳がせ、頬をかき、少し汗をかいている。
――こいつ案外ちょろいのか?
「で、実際何をする気だ。この辺に居るお兄さんにシバかれるのか?」
周りを見渡すように少女に言う。
「い、いや。あの…。クエスト対象のNPCが逃げるって聞いたから…。」
「ほう。逃げるとな。…。え?NPC?」
命の危険を軽く察知しながら話をすれば『NPC』という単語が出てきた。それはゲームをする者であれば一度は聞いたことがある絶対的な言葉だ。
しかも『NPC』に気が向いてしまったが『クエスト対象』というのもいまいち分からない。
「…。え?」
「ちょっと話聞かせて。」
「あっ。はい。」
「俺が君からすればNPCって事なの?」
「え?言い方間違えてますか?確か『のんぷれいやーきゃらくたー』ってウィキには…。」
「いやそれは合ってる。でも俺がNPC?」
「そうじゃないんですか?クエスト内容にも…ほら。これにも。」
少女が見覚えのあるメニューを開き、それを見せてきた。そこにはクエスト内容やその対象となるNPCが記されていた。
――――――――――――――――――――――
『NPC依頼』:【急募】 息子が迷子になってしまいました。見つけてください!
『内容』:私の息子である「コロン」の姿を見ていません。十日程度姿を消しているのですが帰ってくる気配もなく、心配でたまりません。どうか、どうか、見つけてください!
どうかケガのない状態で助けてやってください。その分報酬は弾ませていただきます。
もしかしたら冒険者の方を見ると逃げてしまうかもしれませんがどうにか連れ帰ってください。
『報酬』:銀貨二枚~
『クエスト発注者』:ライン・アグナ
――――――――――――――――――――――
「コロン…。なぁ。」
「そういう事なんでクエスト完了の報告をしたいんですけど…。」
「あ、あぁ。それはいいんだけど色々と教えてほしい。」
「でもヒトに教えるほど知識はないんですけどいいですか…?」
『コロン』という名前も含めて色々と聞きたい。少女やクエスト発注者の『ライン・アグナ』という人物についても。
――もしかしたら色々とやべぇかもしれねぇなぁ。
「大丈夫、クエスト完了の報告にはちゃんと付いていくから話をしてもいいかな。」
「分かりました…。」
「とにかくここはちょっと話するには向いてないから場所変えても?」
建物に入ってすぐのところで立ち話していたところ、扉を開いたおっさんとカチあった。
軽くガンを飛ばされたが軽く無視して建物から出ると後ろに少女が付いてきた。
「たしか来る途中に椅子があったような。」
「多分あそこですかね。」
少女がそう言って指をさした。建物が密集しているエリアの一角に少し開けたところがあり、そこにベンチが三つ並んで置いてあった。
「じゃああそこでいい?」
「はい。」
そのベンチに座り、少し少女の方に体を向ける。
「じゃあさっそく聞きます。まずは俺はNPC、という事でいいんだよね。」
「はい。そうだと思います。」
「じゃあ二つ目、クエスト受注者には出会った?」
「いえ、出会ってません。クエストは組合…、あのさっきの建物の受付で受注するので。」
「さっきのが『組合』?もしかして『冒険者組合』?」
「は、はい。確か正式名称はそれです。」
――冒険者組合、か。ゲームとおんなじだな。
「じゃあ次、俺の名前はコロンって事だったよね。」
「はい。あのクエストが合っていれば『コロン』、さんです。」
「そっか、『コロン』、ねぇ。」
「何かあったんですか?」
「いや、ちょっと引っかかって。」
――冒険者組合、NPC、コロン。完全にゲームだな。
「次なんだけど、どうしてこのクエスト受けようとしたの?」
「それはお金が今無くて。それでNPC…、コロンさん?のHPを残していれば銀貨二枚以上稼げるかなと思って。」
「あーそっか、当たり前っちゃ当たり前だね。」
「なんかごめんなさい。」
「いやいいよ。あの名前聞いても?」
「あ、そうですよね!あの『リアナ』って言います。宜しく願いします。」
姿勢を正して軽く会釈をする少女――リアナ。
「こ、こちらこそ宜しく。」
少年――コロンも同じように会釈すると少しあほらしくなって笑った。
「あ、あのいいですか…?」
「どうしたの!?」
リアナの顔色が一気に変わり悲痛そうな表情になる。
「もうすぐ組合が閉まっちゃうので行きたいんですけど…。」
「ご、ごめん!今すぐ行こう。」
リアナとコロンが同時に駆け出す。目標は冒険者組合。
二人が走り出し組合から出てきた重装備のおっさんにぶつかりながらも進んでいく。
「ご、ごめんなさい!」
「すいませーーーーーーん!!」
入口に近くなるにつれて人の密度も比例していく。もう少し、もう少し。
「よかった。着いたぁー。」
リアナが先に扉にたどり着き安心した様に言ってくる。そして扉を開く――はず。
ドンドン、ドンドンドン!!
扉をたたく音が聞こえる。リアナの絶望した顔がこちらを向いてくる。
「どうしましょう。閉まっちゃいました。」
「えぇ!?…。どうにかなんないの!?」
リアナがもう一度扉を叩くと中から声が聞こえた。
「申し訳ありませんが営業時間外ですので、また後日もう一度来ていただきますようお願い申し上げます。」
「す、すいません!あの、クエスト完了報告を!」
「申し訳ありません。安全上の問題で営業時間外では報告を受け付けられません。」
「少しだけなので!お願いします!」
「申し訳ありません。失礼します。」
扉の向こうに居たであろう人の気配が消えた。そしてリアナがまたこちらを振り返る。その碧眼が憂いで満ち溢れていた。
「だ、だめだった?」
「はい…。」
「何か急ぎでお金が要るの?」
「今日の宿代を払わないといけないしあなたが…。」
「俺が…?」
「逃げちゃうかもしれないじゃないですか…。」
「お、俺って逃げる前提なの?」
コロンがリアナの前から消えることを前提に話している様で訂正しようと試みた。
「そうじゃないんですか?」
「話聞かせてもらったし逃げる理由がない。それに帰るような場所がない。」
「帰る場所が無いんですか。」
「うむ。」
「じゃあ私が泊ってるところへ来ませんか?」
「ぜひとも。」
涙目になっているリアナをなんとかなだめつつ、本日の寝床を確保。
「それなら安心できます。―ヒック。」
「そ、それじゃ行こう。」
リアナがしゃっくりをしながら案内をしていく。組合の横を奥へ進んでいき街の端っこに位置する宿は宿は宿でも。
――民泊系?
途中で宿は見つけた。おっさんの流れる先を見れば見つけるのは容易な事だった。
その宿は豪華で部屋が幾つもありそうだったがこれは違う。
「あかあさーん、戻りました!」
「あら!お帰りなさい。―あれ?その子は??」
その扉を開き玄関と思わしき場所で『お母さん』がリアナを出迎えている。
そのお母さんがコロンを見る目線が彼氏を見てくる様な目線だったのでつい目線をそらしてしまった。
「いえ、そんなのでは。」
「あらそーう。残念ねぇ。」
「もう!お母さんってば。」
「ごめんなさいねぇ。ご飯の用意できてるわよぉ。」
「分かったー。」
ごめんねと謝ってくるリアナ。
――そこまで嫌な気はしなかったけどな。
「じゃあどうしたらいい?できれば休みたいんだけど。」
「なら私の部屋まで案内するね!」
リアナが家の奥へ入っていくのでそれに付いていく。階段を上がり上りきってから一番奥の部屋に入っていく。
「ここ。ちょっと汚いけどごめんね。自由に使って構わないから。」
「ありがとう。」
「リアナちゃーん?」
「はーい!―それじゃまた上がってくるね。」
「いってらっしゃい。」
リアナを送り出し部屋の中を眺めた。
――初めての女子の部屋がよくわからん世界にあるとは…。
ようやく一人だけの空間になった事で一気に疲労が押し寄せる。まぶたが重くなり立っていられなくなる。
「眠たい。」
部屋にあったベッドへ座り込み、そのまま体を倒した。
「こんな感じだったなぁ。」
今日丸一日の事を思い出すと少し笑ってしまった。
「NPCね。NP…」
その日もまた睡魔に負けた。
2018/03/24 本文、改稿。