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1 各々の思い・想い

 初めて聞いたその声にはどす黒い、どれだけ煮詰めたのか分からないほどの狂気が。

 しかし、狂気の中にも静かに、かつ騒々しい喜びあった。

 そしてその声を聴いたときコロンは全身の毛が逆立つのが分かった。

 脳が大音量で警告音を鳴らし、全身に走る神経の一本一本までもを尖らせる。

 そして本能に近い、防衛のための咆哮が出た。


「誰だ!?」


 魂から直接取り出したようなそれは自分が恐怖に負けないため、現実と対峙するためでもあった。

 周囲を見渡し、声の主を探し出す。しかし、クエモ以外の人影、人影どころか生きている者の影すらない。

 それでも周囲を警戒し、アンテナを張る。―――しかし。


 刹那の出来事だった。

 脚が、胴体が、腕が、全身に鉛を付けられたように重くなったのである。流れる血が、その中に含まれる空気ですら重く感じ、めまいに似た症状を覚える。それを堪えるため、動物のようなうめき声が漏れた。


 しかし、コロンにとってそれは脳内から一つの記憶を引き出させるものだった。


「黒球がっ!黒球が居る!」


「何!?」


 コロンの突然の叫びに一拍置いてクエモも反応した。

 クエモは周囲を警戒しながら何かを堪えている様子のコロンに近づき、肩を支える。

 もちろん店の中に居た客たちもコロンの叫びに反応を示した。が、それは叫びに対して驚いただけで叫びの内容に反応した訳ではない。

 ましてや、そこから二人を助ける様な事をする者は居ない。


―――それは、鉄を打つ緑髪の少女を除いて。



 その少女はコロンの叫びを聞くなり、すぐに行動を開始した。

 鉄を打つ金槌をゆっくりと地面に置き、おもむろに空いた手を伸ばす。

 しかし、ただ伸ばすだけではなく、手から光の粒子を生み出し、それが収束。そして一つの物となったそれをしっかりと握りしめる。

 握りしめたそれはいわゆる、短剣であった。

 革で出来た鞘から短剣を引き抜き、外界と接触させる。

 炉の炎を反射させる短剣は紅く輝いていた。


 そして少女は口を開き、小さくつぶやきながら目を閉じる。

 その場で立ち上がり、軽くジャンプし、ゆっくりと息を吸い、―吐いた。


 目を開き、地面を踏みしめる。

 そうすると緑髪を髪を風になびかせ、駆けた。

 ゆっくりと加速し始めた少女の体は見る間も無く、神速の速さとなって風を切る。

 コロンたちとの距離を一瞬にして縮め、クエモのとなりに静止する。


「どこ。」

「すまない。まだ分からないんだ。」

「分かった。」


 少女は小さな声で会話をはじめ、周囲を見渡す。

 クエモの返事を聞くと、また小さくつぶやき、体を加速させ、どこかへ移動した。


 少女が移動した後、コロンの体はゆっくりと解放され始め、めまいが無くなっていく。

 その様子を見たクエモはコロンへ言葉を投げかけた。


「コロン、黒球が居るというのは本当かい?」

「さっきのには心当たりがある。それが黒球のせいってのも。」

「それは警戒しなければならないね。それに君の症状はどうなっているのか教えて貰ってもいいかい?」

「めまいが起きた。でももう治ってる。もしかしたら黒球はもう居ないかもしれない。」

「そうか。治ったのは良い。そうだな…。」

「さっきの子は?」

「うちの副代表。ベアと言う。一応は戦闘職種だから少なくとも僕たちよりは戦える。」


 姿の消えた少女――ベアの姿を脳裏に映しながら周囲を見渡すコロン。

 しかし、一つ不思議に思う部分があった。


「あの子も元プレイヤーで、今はNPCなんですよね?」

「そうだよ。」

「――NPCでも、戦闘職種ってあるんですか?」


 緑髪少女、ベアがもしもNPCで戦闘職種であるとするならば、それは英雄級であることを示唆される。

 なぜならば『ニュートレーションゲーム』内でもNPCは多くの種類が登場するが、多くが商人やストーリーを構成するやられ役など言ってしまえばモブである。

 その中でも絶対数が圧倒的に少ないが、プレイヤーと同時に戦ってくれるNPCも存在する。

 彼からは血で血を洗うような戦いの中でも圧倒的な力でプレイヤーを支援し、勝利への大きなアドバンテージとなってくれる。


 もしも彼女がそうならば――。


「君の予想通り、ベアは英雄級の力がある。それは事実だ。」

「でもその言い方だと…?」


 クエモはコロンの意見を肯定する。しかし、コロンは条件付きで何かがあるような気がしてならない。


「あぁ。彼女は力のすべてを引き出すことが出来ない。」

「それは、どうして。」

「英雄武器、が必要になるんだ。」

「それも『ニュートレーションゲーム』と同じような感じですか?」

「あぁ。」


 英雄武器は大剣から刀、弓、杖、盾に至るまでたくさんの種類が存在し、一人ひとりの英雄がそれらを駆使し戦いを駆ける。

 ただ、それらの武器がどの様に作られ、英雄に渡されたのかは謎だったはず。

 それでも見つけ出そうとするのは非常に困難であることは明白である。


「きっついなぁ。」


 コロンは自分の後頭部をかきながら英雄武器に関する知識を引っ張り出してくる。

 しかし、どれも使える様な知識ではない。


「そこでなんだが、協力してほしい。」

「ん、は?」

「彼女の事もそうだが、一番は元の世界へ戻ることに、協力してほしい。」

「元の世界…。」


 コロンにとって、この世界に居る元プレイヤーにとっての共通認識。

 元の世界へ戻ること。


 確かにろくでもない生活だった。

 いきなりモンスターに襲われ、襲われ、スキルを使い、助かった。

 意味の分からない話だが、それはコロンにとっての現実の話である。


 それでも戻りたいと強く願ったことはない。

 元の世界では自分は高校生。

 特出した才能もなく、平凡な生徒である自分に戻るよりはNPCでも、この非日常の中に居たいと思ってさえいた。


 しかし、クエモの話でその考えが崩れ始める。


「私には家族が居る。」


 静かな声でクエモは話始めた。

 落ち着いた年相応の雰囲気を醸し出し、コロンですら心を開いてしまう。そんな人だ。

 そんな人に家族があっても当然の事だ。


「家内、長男、長女。

 その三人と別れてからもう二年も経つ。」


「それでもなぜここに居るのか、私には分からない。

 久々にログインをしてみればこうなってしまった。」


「私と家内は共働きで、子供たちのためにも必死になって汗水流して働いた。

 上司に怒られても、調子が悪い時でも。


「 しかし、長男が。あぁ。あの子が。」


「あの子が…。隆也りゅうやが亡くなった。」


「あの子が無くなって私たち家族は暗く、沈んだ。」


 クエモは静かに上を向き、涙を、嗚咽を漏らさないよう抑え込む。

 それでも抑えきれない感情が一筋の涙となって溢れ出す。


「隆也は『ニュートレーションゲーム』が好きだった。

 当時は、ちょうど全盛期と言えた時期だ。」


「隆也に誘われて私もゲームを始めた。

 二人でクエストに出たこともあった。」


「それを思い出して私はゲームを起動した。

 ゲーム音楽、一つ一つに感情を強く動かされたよ。」


「所詮はゲームだ。

 そう思ってもらっても構わない。」


「それでも私と隆也はこのゲームで太い繋がりが出来た。

 会話のキッカケにもなったし、隆也の事も色々と知れた。

 私たちにはこのゲームが大切だったんだ。」


「そう思いながら、懐かしいデータを一つ一つ見ていったんだよ。」


「そうするとね、一つのクエストを見つけたんだ。

 忘れもしない。あのクエストを。」


 クエモは眼鏡をずらし、涙を拭く。

 コロンもその話を聞くとき、クエモの方をしっかりと見ていた。

 クエモの発する一言、一言を聞き逃さないために。

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