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プロローグ 新天地

 月夜に薄暗く照らされる部屋の中で黒装束の二人が密談を交わす。

 一人は仮面を。もう一人は黒い布を顔の前に垂らしていた。


「我が主からの伝言です。『この地にかの者が現れた』と。」


 仮面をした者が口を開き、布を垂らした者がニヤっと薄汚い笑みを浮かべた。


「そうですか。それは…。実に。実に。

 ぐひゃひゃひゃ!ぐひゃひゃひゃ!!」


 誰もが嫌悪するような笑い声が部屋の中に響き渡る。

 その中、仮面の男は自分の影に吸い込まれるように存在を消した。


「もうすぐだよ。もうすぐ。」


 布をかきあげ掻き上げて、また笑む。

 ――その男もまた、ある病にむしばまれていた。



――――――――――――――――――――――



 馬車は王都への入り口である、『大聖門だいせいもん』と呼ばれる巨大な門の前で止まっていた。

 そこで門を護る兵士が馬車の御者台に座る初老の男と会話していた。


「定刻にならないと大聖門は開くことが出来ません。もう少し待ってください。」

「それは知っています。ですが、この馬車にはファーム商会代表であるクエモが乗っています。

 無理も承知ですが、開くようお願いします。」

「う、うぅ。」


 兵士に門を開かせようとする男は、五十歳程度でこけた頬をしており、少し額が広い。しかし、それが年齢以上にその人物をクールに魅せている。


「そうですねぇ。開く際に発生した問題はすべてこちらで片づけますので、開いて頂けますか?」

「本当に可能なんですか?そこまで人数が居る訳ではなさそうですが。」

「えぇ。可能ですよ。私、冒険者をしておりますので。」

「そ、そうですか。本当に大丈夫なんですよね?」

「えぇ。」

「分かりました…。」


 兵士は渋々男の要望を飲み、休憩室兼連絡室と思われる小屋に入っていく。窓からは何かの道具を使って連絡している様子が見えた。

 そうすると、ゆっくりと大聖門が音を立てて開き王都の街並みが少しづつ見える。

 そして馬車を男が走らせる。――その前に。


 門の前に居た人影から数人が馬車の方へ走り出した。しかし彼らの目標は馬車ではない。

 馬車よりもずっと後方の――草原、すなわち王都からの脱出である。


「くそぉ!逃がしてくれ!!がぁ!」

「や、やめ…。やめ…。ぐはっ!」


 彼らは全速力で走り出し、馬車を見ることも無く王都からの脱出を図った。しかし、馬車の御者台に座る男によって彼らの目論見が外された。


「これを条件にしていましたからね。申し訳ありません。」


 静かに男が口を開き、ぶつぶつと呟く。

 呟き終えたとき周囲が一転、彼らの足が止まりその場に倒れこんだのである。


「くそ。殺して…」

「あいつぁぁ…」


 彼らは必死に足掻く。しかし、解放される事はない。

 男に殺気という名の視線を向けられる。


「どこで間違えたのでしょうね。」


 再び静かに呟き、彼らの方を見る。

 その目は父親の様であった。


 男は馬車を再び走らせ、大聖門をくぐる。

 最後に男が言った言葉を聞く前に、彼らは気を失った。



――――――――――――――――――――――



 王都と外界をつなぐ大聖門付近で何かいざこざが起きた事を悟ったコロンだったが、御者台に居る男のどっしりと構える態度にそこまで疑問視することはなかった。

 むしろ、いざこざよりも王都の光景の方に気を取られていた。


 グラープの街では最高でも三階建ての建物が多く並んでいたが、王都では四階程度の高さのある建物がざらにあり、建物と建物の間には三角の旗が沢山繋がっている。

 行き交う人たちの表情は晴れ、王都の雰囲気はグラープの街より、一層明るかった。


「凄い明るい街ですね。」

「王都だからね。こんな感じじゃないかな。」

「そうなんですか。クエモさんの店…。」

「あぁ。ファーム商会かい?」

「そうです!ファーム商会。」

「あそこに王城が見えるだろう?あっちの方向へこの道を進んで行くと見えるはずだよ。」

「王城の方向の…。―――も、もしかして、あれ、ですか?」


 コロンが小さく指を指した方向に大きな建物が見えた。

 石造りの建物で煙突のようなものが二、三本は確認でき、そこから白い煙を立ち昇らせている。さらに全身に黒い装備を身に着ける男や、自分の身長ぐらいありそうな大剣を肩に担いで店から出る亜人の姿も見えた。

 ゆっくりと馬車が店との距離を縮め、大きさがはっきりと分かってくるとさらに驚きが増した。


「そこまで驚くことじゃないよ。装備品を中心に商いをしているからね、そう見えるだけだよ。」

「そう見えるから驚いてるんですけどね…。」

「ははは!良いツッコミじゃないか。やはり君は面白い。」

「そ、そうですか。」


 肩をすくめながらクエモの言葉に応じるコロン。

 そんな会話をしているうちに馬車は店の正面へと到着した。


「さ、ここが目的地。ファーム商会の本店さ。」

「やっぱりすごいっすね。」

「ここまで来るのに少し、努力したからね。報われてよかったよ。」


 クエモの『少し』がどれほどの『少し』なのかはよく分からないが確実にコロンの思う少しではないことが口調から確定した。


「そうですか。で、あの人達はここに?」

「そう急がなくても大丈夫だよ。逃げたりしない。ここで働いてるさ。」


 どうしても早く会いたいと思ってしまうコロンが居る。それはクエモがどれほど声をかけても聞こえることはない。


「こっちだよ。正面から入ってもいいけど、やっぱり強面のお兄ちゃんがいっぱい居るからね。裏から入ろう。」


 クエモの先導に付いていき、クエモが関係者用出入口と思われる扉を開いた。

 音を立てて木の扉が開き、中の光景が見える。


 店中には多くの人が居り、装備の素材と思われるものをカウンターの女性に受け渡す人や、掲示板を眺める群衆。店の奥の方では炉の前で金属を打ち付ける者も居た。


 その光景にコロンは足を止めた。


 クエモが先に店に入り、コロンを呼ぶため振り返る。


「どうしたんだい、コロン。あそこに少女が居るだろう。あの子が君が会いたいと求めていたうちの一人だ。」


 視線だけでどの少女かよく分かった。

 その少女は薄い緑の髪を伸ばしポニーテール風にまとめ、半袖の短い袖を肩までまくり上げている。そして炉の前で鉄を打ち汗を流している。その少女にコロンは少し心が舞い上がった。


「あの人が。」

「あぁ。」


 コロンは敢えて平然を装っているがクエモにはそれを見抜かれていた。しかし気付く余地もない。


 コロンが一歩踏み出し、扉へ近づく。


 一歩。


 一歩。


 一歩。



 何気ない『歩く』という動作がやけにゆっくりに感じる。

 風の流れが遅い。

 地面を踏みしめる感覚が何かおかしい。


 その違和感が強くなった時――



「―――君を…。求めていたよ…。」



 コロンはしっかりと聞いた。

 狂気に満ちた―――歓声を。

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