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第二章②

【十二使徒】が日本を滅ぼすと予告した前日、護国寺嗣郎はムサシとの待ち合わせ場所へと向かっていた。指定された場所はいつもの支部で、そこから別の場所へ移動するみたいだった。


 昨夜来たメールには『正式なミッションが通告された、明日十時に支部へ来てくれ。詳しい内容はそこで話す』を今風の軽い感じにアレンジされた文面で記されていた。見た目は武士さながらではあるが、普通にスタバでコーヒーを飲んだりしているらしい。『俺にそんな古風なイメージを求められても困る』と彼は憮然としていたが。


 電車を降りて、支部の近くまで歩くと入り口前に黒塗りの乗用車とその傍にムサシが立っているのが見えた。彼の服装はこれまでの和服と違い、見るからに高級そうな袴であった。

 互いに挨拶を交わすと、護国寺は己の服装を確認する。動きやすいように下はジャージで上は簡素なTシャツだ。もうちょっとマシな衣服で来ればよかったか、と思っているとムサシは肩をポンと叩いてくれた。


「気にするな。別に成人式へ行こうってんじゃないんだ。俺はただ、気合を入れるって意味合いで着てきただけで、元から備わっているんなら別にいい」


 それこそスーツくらい着て来ればよかったかなと思ったが、すぐに「あ、俺スーツ持ってねーや」と思い直す。着る場面がそうそうないから、家には一着もないのだ。

 ムサシがチラリと懐中時計で時刻を確認して、


「……そろそろ行こうか。ここから結構離れているんでな」

「そう言えば俺、まだ行き先聞いてないんすけど……」

「それ含め道中で解説するさ。前もって説明したかったんだが、俺も色々と忙しくてな」


 ムサシは多くの言霊師が集う『L.A.W』の中でもトップクラスの実力者で、唯一と言っていい実績――【静謐姫】打倒の経験がある。それを考慮すれば意見を求められたりすることもあるだろう。まだ何の責任も背負っていない護国寺とは立場が違う。

 ともかく車に乗り込み、運転手に運転を任せて二人は後部座席で言葉を交わす。


「まず目的地だが、S県の山側まで向かう」

「S県……ここからだと二時間くらいですか。【十二使徒】の予告場所なんですか?」

「いやそういうわけじゃない。犯行日時は予告されるが、場所は日本ってことしか分からないんだ」


 と言って、彼は運転手に催促してボイスレコーダーを受け取る。それを護国寺の耳に当てて、再生を押した。


『初めまして、人間諸君。私は【十二使徒】が一柱、名称は言わないでおくわ。無意味なことなのだし』


 女性の声だった。流暢な日本語から察するに、その一柱は日本人の可能性が高い。

 さらに耳を澄ますが、そこから雑談のような話が続く。「まだ諦めていないのか?」「愚かしいにもほどがある」などと、人類を貶すセリフが多かった。

 やがて女は本題に入る。


『――――さて。いつものように予告をさせてもらうわ。今回粛清する地は日本。今から七日後に始めるわ。精々今度こそ、私たちの手から逃れてみせなさい? 期待しないで待っているわ』


 ブツ、とそこで録音は切れてしまった。何故かこの声を聴くと、胸が少しざわついた気がした。

 ムサシはボイスレコーダーを返して、


「この通り、国は指定してくれるものの詳細な場所までは教えてくれない。そのくらい自分たちでしろ、ということなんだろうが、人員を分ける身にもなってもらいたいものだ」

「…………はい、まったくですね」


 さっきの女性の声が耳に残って気が散ってしまっている。いかん、と頭を左右に振って思考を切り替える。今は目の前の難題に集中しろ。


「だからまず『L.A.W』が取り掛かるのは【十二使徒】の位置把握。傾向としてその国の中心部が多いから、そこへ重点的に部隊を向かわせている。だから俺たちは見つけ次第、まずは支部に連絡を入れて情報共有を行い、総力を挙げて敵を倒す」

「必ずしも接敵するわけじゃないんですね」


 ずっと戦うつもりでいたから、何だか気が落ち着いた。怪物を相手にすることになると自分なりに覚悟を決めていたが、どうやら緊張していたらしい。

 しかしムサシは引き締めた表情のまま、


「だが俺たちが真っ先に敵と遭遇する場合もある。そして敵にも発見され、そのまま戦闘に発展することも大いに考えられる。今はともかく、現地に着いたら油断だけはするな」

「あ、はい!」


 どうやら見透かされていたようだ。護国寺がそれを受けて天を仰ぐくらい背筋を伸ばすと、「だから今はリラックスしてていいぞ」とムサシに苦笑された。

 それに、と彼は補足する。


「仮に戦いが避けられなくなった場合、基本的に俺が前に出て戦う。嗣郎は下がってまず支部へ救援を要請してくれ」

「ムサシさんが一人で戦うってことですか?」

「いきなり【十二使徒】と戦うのは難しいだろう。実力云々ではなく、気持ちが付いていけないはずだ。何より新人を早速実戦投入なんて無謀に過ぎる」


 重荷になっている――――と、改めて実感する。子守を任されたまま戦場に赴くのと同義だろう、何の役にも立てていない。どころか脚を引っ張ってさえいる。

 初めてだから仕方ない、と人は言うけれど、第三者からはそう映るのだろうけれど。当事者たちからすれば笑い事では済まされない。命を賭しているのなら、尚更。

 肩を落とす護国寺。それを目聡く察知したムサシは、優しく少年の肩を叩いた。


「安心しろ、君の先達は強い。――――何より充電期間が長かったおかげで、今から滾っているんでな」


 そう言った男は、腰に携えた刀に堪らず手を掛けていた。双眸はゾッとするほどに、煌々と輝きを放っていた。



          *



 柳生武蔵の刀は、言わば『人殺しの刀』であった。


 剣道のような作法や芸術性を求められるものでなく、ただ殺すためにある剣術――それがムサシの全てである。彼の実家は知る人ぞ知る剣術の流派であり、ムサシは箸を握るよりも早く刀に触れていた。

 物心つく以前から剣術を仕込まれ、江戸時代より続く流派において、最高傑作と称されるほどの上達ぶりを見せた。ただこれをムサシは褒め言葉と感じたことはない。剣術において『最高傑作』とは即ち、誰よりも人殺しの才能に長けているということ。乱世ならばともかく、現代においては侮蔑に等しいものと考えていたからだった。

 かと言って鍛錬を怠ることも良しとしなかった。決して楽しいなどと思うことはなかったが、染みついたものがそう簡単に落ちるはずがない。やらなければ一日が消化不良に終わってしまう。


 剣の腕を誇ろうなどと思い上がったことはなく。

 一生のうちに役立つことがあるのかすら定かではなかった。

 ――――しかし、『それ』は確かにあったのだ。奇しくもそれは、ニュアンスは違えど乱世の到来によって。


 当初は諸悪の根源たる【十二使徒】への怒りよりも、己が剣術を護国のために活かせることへの喜びの方が強かったはずだ。本来人殺しの武芸を国のために活かせるのなら、それはどれほど素晴らしいことだろうか、と。

 混沌が齎されたことで、自分の力が役に立つ――――それはとてつもなく嬉しかった。ヨーロッパが滅びる一年前に言霊に目覚めて、本当に良かった。


 自分は剣なき民の剣である。

 そうやって感謝されることが嬉しかった。

 人を傷付けるだけと思っていた力を役立てて、毎日が充実していた。


 ――――だからこそ、己の本性に触れた時、あまりの醜さに愕然とした。



 それに気付いたのは【静謐姫】との一戦。いかに冷気に対する対策を積んでいたとはいえ、活動できる時間はそう長くはなかった。周辺では立ったまま凍り付いている人々の姿が多数見えた。

 加えて【静謐姫】本体の実力も相当なものであった。幾万もの氷刃が身を切り裂き、彼女の身体が氷でできていたため、まともに刀を振るっているだけでは傷一つ付けられない現状である。


 常に絶体絶命。退却が何度も頭を過ぎった。それでもなお退かなかったのは、単なる正義感によるものではないことに、ムサシはこの瞬間ようやく理解した。


(そうか。俺は――――この戦いそのものを楽しんでいるのか)


 命のやり取りに魂が震えた。普段ない死地にいるという、総毛立つような感覚が生きているという実感を与えてくれた。


 とどのつまり、彼は正義の味方などでは断じてなかった。


 身勝手で、傲慢で、蛮勇の持ち主。まさしく『人斬り』に相応しい男だった。

 しかし周囲は彼の本質に気付かないまま、次第にムサシのことをこう称するようになっていった。


 ――――【真実斬り】、と。





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