第一章 言霊師? 知らない単語ですね……
「まさかこんなに若くして精密検査を受けることになるなんてなぁ」
大病院のロビーにてポツリと独り言を漏らした少年――護国寺嗣郎はひどく退屈そうに足を伸ばしていた。特にこれと言って特筆すべき点のない、平凡な少年である。髪を染め損なった金髪のヤンキーに見えるわけでも、異世界転生するようなクソニートではなくごくごく普通の学生だ。俳優を参考にした風な髪型に一七〇中盤の身長、体型に気を使っているのかそれなりには身体を鍛えている形跡が見られる。
平日の昼間だというのにその地元の大学病院は同じ学生服の生徒で溢れ返っていた。当人たちはちょっとした遠足のようなはしゃぎようで、度々引率の教師からお叱りを受けていた。その喧騒の輪から少し離れた椅子に護国寺は座っている。
本来なら一般の高校生は授業中なのだが、今日は全校生徒で健康診断をより大仰にしたような検査を受けに訪れたのである。これは前もって決められていた行事などではなく、わりと突発的に組み込まれたらしい。学校に一人はいる噂話好きの女子から流布された情報で、基本的にボッチ生活を営んでいる彼の耳に届いた。
検査といっても全身をくまなくスキャンされたり得体の知れない液体を飲んだりはしていない。身長体重、尿検査、そしてレントゲンを撮られたくらいだ。そのためにわざわざこの病院を押さえる必要性があったのか、疑問に感じるところである。
護国寺は今、一連の健康診断の最後の項目である『カウンセリング』の順番待ちをしている最中だ。三年生から順に行われているから、二年生で五十音的に早めの彼の前には誰もおらず、次に呼ばれるのは必然的に護国寺の名前ということになる。
「護国寺さん、三番診察室へどうぞ――――」
と考えているうちに、扉代わりのカーテンから半身を覗かせて看護師がそう告げた。やっとか、と立ち上がり伸びをして、彼は心持ち急ぎ足で診察室へと入っていく。
入ると真っ先に五十代くらいの医師の姿が目に入った。その恰幅の良い男は、ニコニコと相手に警戒心を与えないように微笑んでいる。壁際には診察用のベッドが置かれていて、デスクの上は少し散らかっている。ちら、とカルテのようなものも見えた。
「どうぞ、護国寺くん。お座りください」
「あ、はい」
キョロキョロとしていた護国寺は、少し気恥ずかしそうに回転椅子に腰かけた。どうにも医師を前にすると緊張してしまうのは、幼少期での注射の恐怖が関係しているはずだ。「泣いても良いよ」と言われると、余計に泣きづらく思ってしまうのは果たして少数派なのか。
「私はカウンセラーの不渡、なあに少し簡単な質問をするだけだから、そう固くなることはないよ。むしろ自然体でいてくれた方が都合が良い」
とはいえ、まだ肩の力の抜けない護国寺。医師は困ったように笑った。
「まあ話しているうちに気も楽になるだろう……。さてさっきも言ったが、そう小難しいことを聞くつもりはない。それにカウンセリングと言っても君自身に心理的問題がない限り、私の仕事もないからね」
「はあ、なるほど」
「まずは護国寺くん、学校生活で何か困っていることはないかね?」
そう言われても突発的に思い出すような内容はない。ただ「特にありません」では味気ないし、不渡にも申し訳なく感じてしまう。なので、彼は適当に思いついたことを口にした。
「強いて言うなら、再来年の受験のことですかね。自分としては進学したいんですけど、今から不安になっちゃって」
「分かる分かる。私も受験生のときはよくお腹の具合を悪くしてたよ。受験当日なんて胃薬が手放せなかった」
いくつか言葉を交わしていくうちに、護国寺はいつの間にやら自然体になっていた。話術というのか、プロってすごい。護国寺の提示する問題も大したことがないので、半ば雑談と化している。
僅かに会話が途切れた隙に、不渡は一度腕時計に目をやった。護国寺も壁時計を見やると、入室して十分が経過していた。
「すまないが、今日はこれまでだね。楽しい時間だったよ、ありがとう」
「いえ、こちらこそ」
後ろに何人もの生徒が控えているのだから、時間で区切るのは当然のことだ。護国寺はそれに従い、立ち上がり踵を返す。
その瞬間、チラリとだが彼から見て左上隅に黒い物体が目に入った。気になって注視してみると、それは監視カメラだった。
「ああ、それは元から付いているんだ。病院側から付けろと言われてね」
彼の視線移動に気付いたのか、不渡はフォローを入れるように先手を打った。診察室で暴れる患者がいた場合などの処置のためだろう、と脳内で理由付けをするが、何故だか少し言い訳臭く聞こえてしまった。
一礼し診察室を後にして元いたロビーまで戻ると、真っ先にテレビで流れているニュースキャスターの声が耳に飛び込んできた。
『オーストラリア一帯が滅亡した事件で、世界情勢は非常に不安定になっていました。その爪痕は今なお、現在に残り続けています――――』
――――ほんの半年前、全世界が震撼した。たった今キャスターが読み上げた通り、オーストラリア、ニュージーランドなどがほぼ同時に滅んだのである。核兵器の雨が降り注いだわけでなく、一夜にして海の底に沈んでしまったのだ。
原因は類を見ないほどの大地震。マグニチュードは計測不可を叩き出し、地震はオセアニア大陸そのものを割った。自慢の超高層ビルは根元から折れ、そうでない建物も等しく崩壊した。当然現地の人々は助からず、救助に向かったものの生存者はほとんどゼロだったと聞く。
さらに今から遡って約一年前にはヨーロッパ諸国が滅びた。これに関しては原因は地震ではなく、急激な気温低下によるものだ。夏から冬へ、なんてチャチなレベルではなく、一気にマイナス二五〇度以下にまで引き下げられたのである。
絶対零度――――それが何の前触れもなくヨーロッパを襲った。人間が凍り付いてしまう大地となったそこは、まさしく『死の土地』として恐れられている。いずれの自然現象についても根本要因は明らかになっていない。仮説は山のようにあるが、そもそも科学で説明できる領域なのかすら怪しいところだ。
当然それは世界中に大打撃を与えた。世界市場は混乱し、得体の知れない宗教団体が乱立した。オーストラリアが滅びてからは、より一層気狂いの信者が暴れまわっているらしい。平和な国であったはずの日本でもしばしばテロのような事件が起こっている。
『……貧富の差は拡大する一方で、それに伴い凶悪な事件は増加しています。日本政府にも一刻も早い対応が求められ――――』
護国寺はそこで意図的にニュースから意識を逸らした。難しい話の上に、聞いていてまったく楽しくない話だからだ。見よ、ロビー内の雰囲気もいくらか淀んでしまっている。
ソファーに座り、彼は静かに目を伏せた。罪のない人々がどうか死後の世界では安らかに過ごせるよう、黙祷を捧げながら。
「――――それでは皆さん、今日はお疲れ様でした。今日はこれで解散とします」
ワッと歓喜の声が控えめに上がって、護国寺はそこで目を覚ました。どうやら眠りこけていたようだ。彼は両手を組んで前方に押し出して全身を伸ばす。それから欠伸を一つ。現時刻は二時過ぎ。平常より早く帰宅できる。一部の生徒が湧くのも分かる。
彼は小さめのリュックサックを手に取り、早々に帰宅の準備を進めようとした矢先、
「あ、今から呼ぶ生徒はこれから先生の元へ来てください。話がありますので」
おいおい誰だ誰だ、と『自分ではない』ことを前提とした犯人探しのような雰囲気が醸し出される。かく言う護国寺も似たような気持ちだ。
(まあ何か検査に異常か不備があったんだろうな。ともあれ残念な奴――――)
前に立つ教師はズラリと並ぶ生徒を左から見回して、その途中で護国寺は彼と目が合ったように感じ取った。
「――――護国寺嗣郎くん。君だけは後で残ってくれるかな?」
ぬめりと値踏みするかのような視線が一斉にその彼へと注がれる。それを受けて悪寒が走った。つまらないこととはいえ、これほどの好奇心を浴びるのは初めてであった。
しかしそれもすぐに収まり、「誰あれ?」といった反応が大半を占めるようになった。田学年は仕方ないとしても、同学年――同クラスからそんな目で見られるのはちょっときついです……。
直後に解散を告げられ、生徒たちは嬉々として帰って行った。待ってくれるような友達のいない護国寺は、当然一人ポツリと残されることになる。悲しい。
「よし。それじゃあ行こうか、護国寺」
「あ、はい」
先導する教師の後について行く。先ほどと違い、エレベーターで四階へと上がっていく。診察室は一階にあったのに、わざわざ別の所へ行くということが不安を増長させる。検査結果に異常があったのか、それにしてもあんな簡単な検査で異常なんて発見できるのか? と混乱の渦の渦中にいる。
担任教師の歩速がゆったりとしているので、距離も比例して長く感じてしまう。おかげで護国寺の脳内では、自分に重篤な病気が発見され苦しみながら死亡するところまで展開されていた。飛躍のし過ぎである。
そうこうしているうちに、目的地まで辿り着いたのか教師は脚を止めた。顔を上げると、『小会議室』とネームプレートの掛けられている部屋の前だった。
「自分も把握していないけど、君をここまで連れて来るよう言われたんだ。中で呼び出した人が待っているはずだよ、それじゃ」
「え、ちょ、帰るんですか? 同席してくれないんです?」
「それは遠慮してくれって前もって釘を刺されているからね」
もう一度「それじゃ」と手を振って、担任は来た道を引き返していった。意気揚々、といった風に見えるのは、きっと気のせいだろう。早上がりできるからとか、そんな理由ではないはずだ。――けれど、その教師が曲がり角へと消えていった途端「今日は飲み会だーっ!」と叫び声がしたことで、現実の空しさを知る護国寺。
ともあれ、この呼び出しの件を済ませてしまわない限り彼自身拘束されたままとなる。はあ、と一つため息を吐いて、コンコンと二回ノックをした。どうぞ、と若い男の声が扉越しに帰ってきた。
入室すると、まず目に入ってきたのは着物姿の青年。刀を帯に差していて現代日本ではお目にかかれない服装だが、眼前の男の出で立ちに何ら違和感はない。自身に合った服装選択をファッションと呼ぶのなら、青年のそれは正装に近く感じた。
「――――いや、お呼び立てして申し訳ない。初めまして、俺は柳生武蔵。仲間内ではムサシと呼ばれている」
長方形に配置されたテーブルを隔てた先から、青年は柔らかな物腰で自己紹介した。護国寺もそれに倣って簡潔に続いた。
ムサシが座るのを見て、彼も着席しようか悩んだが止めた。腰を落ち着けてしまうと本格的に長話になってしまう予感がしたのだ。それを見透かしたように男はジッとこちらを見つめてきて、
「手短に、と言いたいところだが、生憎とそうはいかん。君次第と言うべきか」
「俺……?」
「そう――――、率直に言えば君を勧誘しに来たんだ、護国寺嗣郎くん」
護国寺は反射的に宗教だと思った。勧誘と言われて真っ先にそれが思いついてしまうあたり、用心深いというか人間不信というか。いかにも現代人らしい発想である。変にませた子供のような。
「勧誘と言われても、うちにお金なんてそんな……」
「違う。ちゃんと公的な機関への勧誘だ。怪しくも何ともない」
だとすればますます話が見えなくなる。目立った成績の残せていない彼に、そんな誘いがあるはずがない。そもそも「怪しい者じゃない」云々言う輩が最も信用ならないってもはや常識だ。
どうあっても長話は避けられそうにないので、護国寺は観念して席に着いた。良質な椅子は驚くほど腰に負担が掛からない。実家に一つ欲しい。
「ところで君は『L.A.W』という組織を聞いたことがあるか?」
「何でしたっけ……、非営利組織?」
「それは『NPO』」
「じゃあ国際民間航空機関?」
「それは『ICAO』……って、良く知っているな」
「ところで『ICOCA』って何の略なんですか?」
「さあ……? って、それはどうでも良くてだな。まあその様子だと知らないみたいだが」
いかんいかん、とムサシは咳払い一つで脱線した話を元に戻す。
「『L.A.W』というのは、『特殊機動部隊(legendari anti weapon)』――国連に創設された組織だ。目立ったPRもされていないから、大半の者は知らないだろう」
じゃあ何で聞いたんですか、という突っ込みを入れる間もなくムサシは話を続ける。
「創設理由は現在地球に起こっている異常を食い止めること、とされている。HPを見れば書いてあるはずだ。君も知っているだろうが、ここ一年で既に二つの地域が滅びている。一つは一年前のヨーロッパ、そして半年前にオセアニア大陸周辺が。それに対処するために創られた組織だ」
「でも、どっちも自然現象でしょう? 人間の科学もまだそこに干渉するレベルに至っていないのでは……?」
叡智を以て自然を開拓してきた人類は、それでもやはり大規模な天災には抗えていない。大地震が起きれば建物は崩れ、防波堤を築いてもそれ以上の津波が陸地を浸食することもある。それらに対しどれだけ対策を積もうとも決して無効化することはできていない。オセアニア大陸を滅ぼした大地震のように、対策範囲を超えてしまえば人類はたちまち無力と化すのだ。
加えて『特殊機動部隊』という名称から、科学班ではなく明らかに軍隊のそれを連想させる。視えない災害と戦争させる気なのか、と各国首脳の正気を疑ってしまう。
護国寺は呆れ返っていた。それは態度からも明らかだった。しかしムサシはそういうのに慣れているのか、丁寧な物腰で説明を始める。
「部隊というのにも理由はもちろんある。――それは一連の災害が、全て意図的なものだからだ」
「意図……?」
「言ってしまえば、それらは人間の手によるものだ。我々は同じヒトの手によって滅ぼされようとしている」
ますますもってあり得ない! 宗教家でももっとまともな理屈を付けるだろう。いったいどういう思考を持てばそのような結論に辿り着けるのか。
――――それがこの場に相応しいリアクションだったはずである。けれど護国寺のそれは小馬鹿にした含みは一切なく、ただただ愕然としていた。思考停止に近い状態だ。
真に受けているのではなかった。未だにムサシの語ったそれは夢物語だと信じている。聞いた直後は笑い飛ばそうと思ったが、ふと頭を過ぎったのは『あるいは不可能ではない』という思考だった。ほんの僅か――毛先一本分の理性が安直な反応にストップを掛けていた。
ムサシもその反応を見て小さく「やはりか」と呟いた。やや前のめりになって、静かに問いかけた。
「分かっていたことだが、その反応で確信に至ったよ。――――君は『言霊師』だな?」
「いや、それは何のことだが分からないんですけど」
えっ!? と彼はガクッと頭を揺らした。ムサシは何とか気を取り直して再度問うた。
「こちらの解析でもそう出ている。君は間違いなく『言霊師』のはずだが?」
「……いやあ、その『言霊師』っていうのが初耳なんで」
「単語を知らなかっただけか。じゃあ聞き方を変えよう! 君は何らかの異能を備えている、そうだな!?」
そう尋ねられて、護国寺の中であらゆることに合点がいった。なぜ今日呼ばれたのか、『L.A.W』とはどんな組織なのか――目の前の男も、恐らくは自分と同類なのだと。
単なる中二病同士の問答ではない。本来なら当たり障りのない言葉で返すべきなのだろうが、どういう訳か事前に護国寺が『言霊師』なるものだとバレているらしい。なら無駄にはぐらかすのはそれこそ時間の浪費だ。
「…………はい。確かに俺は、あなたの言う通りの化け物ですよ」
生まれつきだった。普通の人にはできないような力を彼は行使できていた。だけどそれを凄いと思ったことは一度もなかった。護国寺にとって異能は、ただの呪いだと考えていたから。
確かサンタさんの正体を知るよりも早く、彼はその力が悪しきものだと悟っていた。両親も大層気味悪がっていたものだ。人を傷付けることしかしてこなかった力を、護国寺は諦念とともに受け入れていた。
「それで――――捕まえるんでしょう? 俺を」
そんなセリフを、彼はいっそ清々しさを漂わせて言い放った。
「家屋を全焼させたことがあります。誰かに怪我を負わせたことがあります。――危うく誰かを、殺しかけたことがあります。こんな人間、捕まって然るべきでしょう」
傷口にナイフを抉り込むようにして。護国寺は自らの罪を口にする。どれも故意的にやたわけでないにせよ、許されることではない。他人様に迷惑をかけたのは事実なのだから。
今まで彼は自分以外の異能者と出会ったことがなかったものの、他にも誰かいるのではないか、と考えていた。『自分だけが特別』なんてそうそうあるものではない。恐らくは目の前にいるムサシも異能者――言霊師であるはずだ。
そして危険極まる異能者を捕まえるために創られたのが、『L.A.W』という組織なのだろう。危険人物をいつまでも陽の下で歩ませているわけがない。むしろようやく仕事をしたかという気持ちさえ湧いてくる。
ムサシは神妙な顔付きのまましばらく少年の話に耳を傾けていたが、やがて口をはさんだ。
「――――何のことだ? 今回俺は、君をスカウトしに来たんだが」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は???」
途端に表情を崩して、きょとんとするムサシ。まさに『今聞きました』と言わんばかりである。
彼は今『スカウト』と言った。所謂「アイドルに興味はありませんか?」的な、そういう勧誘だ。勧誘理由は笑顔です、なんてわけはなく、単純に護国寺が言霊師であるからだろう。
「まだ隊員でもない君に詳しい話をするわけにはいかないが……、『L.A.W』は人手不足でね。猫の手に縋りたいのが現状だ。そこへ君が見つかった」
「はあ……?」
「戸惑う気持ちは分かる。だが『L.A.W』は世界を救うために創設された組織だ。君が己に問うべきは、世のため人のために働く気概を持ち合わせているか――その一点に尽きる」
それだけ告げて、ムサシは口を噤んだ。護国寺の答えを待っているのだ。それを聞くまで一切口を挟む気はないことを示すように、彼は腕を組んで目を瞑った。その態度に甘えて、護国寺は己の内なる声に耳を澄ます。
世界を救うために働く。一介の高校生には想像しかねる次元の話だ。自分のことで精いっぱいだった護国寺には、到底世界なんてものは見えていない。そもそもの問題で、ただしく世界を捉えている人間がどれだけいるだろうか。
ピンと来ない。
実感として受け止められない。
――――けれど、人のために働くという文句には心惹かれた。
今まで迷惑しか掛けてこなかった自分が誰かのために動ける機会など、そうあるものではない。罪滅ぼしとして出来うる限り人助けをしてきたが、負債を完済するには一生を費やしても足りないと前々から思っていた。誰かの人生を狂わせるというのは、それほどまでに重いことなのだと。
「俺は――――――」
意を決したように、護国寺嗣郎は口を開いた。
「――――誰かの役に立ちたい。そうでなければ、俺の生きる意味がなくなってしまう」
「その言葉が聞きたかった」
某名医のようなセリフを口にして、ムサシは立ち上がった。
「行こうか。下に車を待たせてある」
自分の答えが見透かされていたようで、護国寺は少し照れた風に笑った。