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第四章③


【修羅王】と対峙する前から、どこか自分の中でとてつもなく冷めた部分があった。



 相手が強敵である理由はいくらでも挙げられる。【百発百中】という攻防ともに驚異的な言霊、それを支える圧倒的な霊力量、何よりあのムサシの肉体を使っているのだ。強敵でないはずがない。

 それでいて、「そこまで脅威ではない」と考えている自分がいることに、護国寺は薄々気が付いていた。根拠を探ろうにもまるで出てこなかったが、彼はそれを自覚していた。


 最初は苦戦した。とても攻撃に移る隙を与えてもらえず、重傷を負ってしまった。一時は死ぬかと本気で思った。ただ、【修羅王】の剣を受ける度に何となく思い当たったのである。メッキが剥がれていくように。自分が相手に対し、多少楽観的な気持ちを持っていた理由に。



 ――――柳生武蔵は掛け値なしの天才だった。言霊抜きにしても、人間というものはあの領域まで辿り着けるのかと。

 

「かくあってほしい」という夢想――――それを体現するかの如き、大輪の華。それが柳生武蔵であった。その身が示すは、人間の可能性そのものだった。

 数日前、実際に手合せしてその思いはより一層強くなった。彼の振るう刀が黄金のように煌めいて見えるほどに。


 その強さに惹かれた。

 その在り方に憧れた。

 決して届くはずがないと知りながらも、気付けば手を伸ばしてしまうほどに――――護国寺は、ムサシに憧れたのだ。多分、今までもそうして誰もが彼の背中を追ったはずだ。


 しかしその剣は変わってしまった。かつてあったはずの黄金の輝きは、見る影もなく曇ってしまったのである。

 無論、【修羅王】とて一騎当千を誇る猛者。本来見くびって良い相手ではなかった。されど――――【修羅王】の剣が“必ず当たる剣”だとすれば、柳生武蔵の剣は“必ず殺す剣”だった。どちらが脅威か、比べるまでもない。


 あの輝きに勝るものなど――――欠けているものなどなかったというのに。

 彼は人殺しの刀と忌避していたけれど、護国寺には何よりも輝いて見えたのだ――――





「私の剣が、この器に劣るだと……!」


 わなわなと、目に見えて【修羅王】は憤怒に塗れていた。愚かな人間と見下していた存在に、あろうことか劣ると断言されたのである。人一倍プライドの高そうな男には聞き捨てならない言葉だっただろう。

 奇しくも、それが【修羅王】を立ち上がらせる理由となり、自らを奮い立たせる燃料となった。キッ、と双眸に殺気が戻る。


「吐いたな、小僧。それは看過できぬ指摘だ。たかだか人間風情、完成された私に何故及ぶはずがあろうか。柳生武蔵の基本性能、【十二使徒】としての豊富な霊力、あらゆる物体を斬る【一刀両断】に加え、本領の【百発百中】まで備わっている私が、人間に劣るはずなど――――!」

「些か雄弁に過ぎるな、【修羅王】」


 堪えかねたと言わんばかりに、護国寺がセリフに割って入った。

 そして切り捨てるようにして言い放つ。



「柳生武蔵の刃は、己が剣以外に持ち合わせていなかったが。さて」

「――――――――ッ!」



 その先を言わせないために、男が一直線に斬りかかって来た。

 ともすれば目にも留まらぬ速さを以て、剣士は護国寺を自身の間合いに捉える。補正を受けた刀が、暴風雨の如く荒れ狂う。【一刀両断】を込めているのだろう、余波だけでアスファルトに亀裂を残し、ブロック塀が飛び、電柱が切り落とされた。無数の斬撃によって大気すら悲鳴を上げているようだった。


【修羅王】から繰り出される剣閃は、まさしく死神の大鎌に等しい。一つでも受け損なえば、瞬く間に少年の身体は紙屑のように両断されるだろう。

 脅威なのは間違いない。だがムサシと比べれば、男の剣はただ振り回しているだけのこと。見惚れるような洗練さはとうに消え失せ、ただ荒さだけが残る。ムサシであれば周囲に影響を及ぼすことなく、斬るべきものだけを斬っていただろう。


【修羅王】はずっとムサシの剣術を再現しようと躍起になっていたが、それは中身のない贋作。見せれば見せるほど、護国寺の心に余裕が生まれていた。

 その余裕が、困難であるはずの技量さえ実現させた。迫り来る刀を寸分違わず弾き、逸らし、いなす。そのうちの弾かれた一刀があらゆる物理法則を無視して少年を狙うも、彼はそれすらも肌を撫でるに留めてみせた。


 達人並みの芸当を、何の格闘技にも触れてこなかった護国寺が何故為すことができたか。実のところ理由はなかった。圧倒的な集中力が剣の通る軌道を悉く捉えているだけだった。

 必ず当たる――――ムサシの刀は、既にその先に在ったのだ。たかだか当たるだけというだけで、彼の剣を踏みにじらせるわけにはいかない! 


「おおおおおおおっ!」


 護国寺は縦振りの一閃を外側へと弾き、男の懐深くへと侵入する。攻撃直後であれば、物理的に必中は間に合わず発動しない。ズン、と剣士の腹部に尖らせた肘を打ち込む。動きの止まったところへ、今度は顔面目掛けてコンパクトに拳を振り抜いた。


「こ、の……くたばり損ないがあっ!!」


 三メートル後ろで踏ん張った【修羅王】は切っ先を相手の左肩に合わせ、やや半身になって構えた。ずきり、と脇腹の傷が疼く。警鐘を鳴らしている。


(来るか――――!)


 あらゆる剣技が柳生武蔵(オリジナル)に遠く及ばない【修羅王】だが、唯一本物に迫る完成度を誇る技がある。――――それこそが三段突き。同時に三つの突きを放つ、防御不能の必殺技。ムサシが一際鍛錬を積んだ末に会得したであろう突き技が、身体に染み付いていたおかげで放つことのできる技だ。

 いかに男の剣技に慣れた護国寺と言えど、三段突きの軌道を肉眼で捉えることは叶わない。故に――――


 ドン! と地響きを伴う踏み込みとともに、【修羅王】が動いた。距離そのものを縮めるような特殊な歩法で、瞬く間に必殺の間合いへと侵入する。

 霊力をかき集めたとしても貫かれる。前回のように横へと逃れようとしても【百発百中】が働いて身体を穿つ。スレスレでいなすような余裕は今回ばかりはない。


 

 ――――“故に”。

 “護国寺は大きく一歩、飛ぶようにして後退した”。



「な――――」


【修羅王】の表情が歪む。

 それはほんの一メートル程度の、なけなしの逃避に過ぎない。

 ムサシであれば調整することで一瞬後には対象を貫いていただろう。いや、誰であろうとも、たった数歩踏み出すだけで再び射程圏内へと届く。


 けれど、【修羅王】だけは違っていた。例外だった。男が三段突きを放とうとした直後には、【百発百中】が自動で働いてしまっている。刀は刹那の世界にて補正を加え、遠のく敵を穿つために伸びていく――――! 


 刀だけが、勝手に護国寺を追ってしまう。身体が唐突な変更についていけず、握り締めた手から前のめりに身体が浮いてしまったのだ。後ろ脚が地を離れ、刀を握る手だけが先行していては勢いも自然と減衰する。

 ――――そう。もしも【修羅王】が生粋の剣士であれば、瞬時に脚を連動させて無駄のない動きで少年に三段突きを炸裂させていたはずだ。しかし【修羅王】は単にムサシの経験をなぞっているだけの、ハリボテの剣技に過ぎない。咄嗟の対応ができるには、男はあまりに未熟過ぎたのである。


 パシ、と伸ばした手を掴まれてしまう。そこから護国寺は手首を捻り上げることで、まずは刀を地面に落とそうと画策する。刀さえ奪ってしまえば、【一刀両断】も【百発百中】も発動できなくなる。そうすれば決着が着いたも同然である。

 それを誰よりも痛感している【修羅王】は意地でも刀を手放そうとしない。そこで護国寺はその状態のまま、【火】を纏わせた拳を連続して顔面へと打ち付ける。


「ぐ、お……!」


 男の鼻から鮮血が散る。ここに至って、護国寺にも楽観できるような要素はない。一刻も早く倒さなければ、という気持ちが先行していた。元はムサシの身体ではあるが、少しでも躊躇いを見せれば何が起きるか分からないのだ。

 十三発叩き込んだところで、ようやく【修羅王】の刀を握っていた手が解けた。ぽろ、とそれは重力に従って落下していく。彼はそれに気付き、その様子を上から下へ追って確認していると――――



 ――――ビリ、と殺気に背筋が凍った。



 その途中でぶつかった【修羅王】の双眸に、未だギラギラとした敵意が残っていたのだ。


 しかし、ここから何ができる。刀が地面に落ちてしまえば、即座に護国寺はそれを遠くへ蹴飛ばす。そこから渾身の一撃で決めるという絵図はもう描いてある。

 “常人であれば”、完全に詰みの状況。ここから逆転できる人物なぞそうはいない。護国寺に生じた僅かな慢心も、仕方のないことだったと言えよう。


 だが、努々忘れるな。今少年の前に立っているのは人ならざる怪物――――【十二使徒】であるということを。絶体絶命の窮地を、【修羅王】は全霊を賭して否定する!


 がっ! と、落ちてきた刀の柄を、【修羅王】は思い切り蹴り上げた。

 再び推進力を得た刀は、何と護国寺の左肩に深々と突き刺さった。――――たとえ手を離そうとも、【百発百中】の能力が生きている以上【修羅王】の一撃は必ず当たるという前提は崩れない。


 不意の激痛に襲われた彼は、思わず掴んでいた手を離してしまう。怯んでいると、護国寺の視界が黒く染まる。ミシミシとこめかみにかかる圧力が、顔面を男に鷲掴みにされたのだと教えてくれた。


「が――――ァあああああああぁあああああああああああっ!!」


 獣のように吼えた【修羅王】は、無造作に少年の身体ごと地面へと叩き付ける。先ほどとはまるで違う、荒々しい男の咆哮。

 背中を強かに打って、内臓から血がこみ上げてきた護国寺は一瞬硬直してしまう。その隙を突いて【修羅王】は彼の右腕を踏みつけて固定し、左肩に刺さった刀を引き抜き容赦なく心臓目がけて突き立ててくる。

 今の護国寺が自由に使えるのは左腕のみ。しかしそれも二度の裂傷により大きくは動かない。一転して窮地に陥った彼は、しかし――――



「【動かざること山の如く】――――ッ!!」



 刹那。

 彼の左掌が触れた地面が突如隆起し、伸長し、勢いよく【修羅王】の腹部にめり込んだ。そこで止まらず、男を乗せたまま柱は急上昇を続ける。剣士がそれを斬り裂いた時には既に、高さ十メートルの位置まで浮かされていた。


「【侵略すること火の如く】!」


 そしてさらに少年は、【修羅王】よりも五メートル高く飛んでいた。【風】の能力だ。 

 護国寺は右手に霊力を集わせる。それから、形作るものを頭の中で強烈にイメージし、その中に霊力を注ぎ込んでいく。――――すると、見る見るうちに【火】属性の霊力は形を成し、やがて一振りの大剣と化した。二メートルを超える刀身は、存在しているだけで大気を焼き焦がす。


「たとえお前が神の如き力を持っていようとも、空中では身動きがとれまい……!」

「っ…………!?」


 応じ、【修羅王】も刀に霊力を注ぎ込む。もはや【百発百中】は役に立たない。男は溜め込んでいた【一刀両断】用の霊力さえも、その一刀に流し込んでいるようだった。


 ズッッッパァァァァァァン!! と、【修羅王】の一振りは空間ごと削り取るようにして、襲いかかる炎剣を両断した。これほどまでに霊力を注ぎ込んだ【一刀両断】に斬れぬものなど存在しない。


 ――――しかし、分断されたはずの火炎は、その隙間を接合することで埋めて、再び剣としての形を象る。あくまでもこれは炎。本来触れることのできないもの。いくら斬ったところで、火炎は元あった形を取り戻すのである。


 瞬間、時間が止まった。

【百発百中】も、【一刀両断】さえも破られ、心臓を凍らせた【修羅王】に護国寺は言い放つ。


「――――その身が【真実斬り】に届いていたなら、炎さえも斬っていただろう」

「こ、の……!!」


【修羅王】の表情が、屈辱と焦燥に塗れる。少年は苦笑して、

  

「結局、あの人の剣に憧れたという点において、俺とお前は似た者同士だったというわけだ。――――じゃあな、【修羅王】」


 轟ッ!! と。護国寺は未練すらも断ち切るようにして、炎剣を振り下ろした。男が咄嗟に刀を合わせたが、根本的な破壊力が桁違い過ぎた。拮抗は数瞬も持たず、【修羅王】へと炸裂した。

 接触した刹那、火炎は形を失い爆炎を撒き散らした。あたかも噴火の如き威力に、衝撃波だけで周囲の建物のガラスが砕けて回った。


 刺さるように大地に激突した【修羅王】の姿が、この勝負の決着を示していた。





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