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第三章⑤

 元は公園だったのだろう、遊具らしき物体が見える。住宅に囲まれたそこは、一面血の海と化していた。慣れない強烈な血の香りだけで吐き気がこみ上げてくる。

 その中で平然と立っているのは『ムサシ』だった。『L.A.W』の兵隊をどれくらい斬ったのか、黒装束でありながらも血の痕がくっきりと映るほどの返り血を浴びていた。しかし男はそれを気にも留めず、単騎で現れた護国寺を見て嘲笑った。


「せっかく【否定姫】のおかげで拾った命、まさか捨てに来るとは思っていなかった。よもやそこまで阿呆とはなあ」


 バラバラになったヘリの残骸があちこちに転がっている。落下時に引火したのか、公園内の木々が燃えていた。ぱちっ、と火花が頻繁に飛ぶ。

 男から見て、護国寺の行動は無謀に映るだろう。理由を付けるなら自殺希望とするのが妥当である。


「いや、知識では日本のお家芸に吶喊なるものがあったな。命を銃弾に変えて敵を討つ……なかなか合理的やもしれん。戦場で最も安いのは命だ。――――貴様もその類かね、護国寺嗣郎」

「人の命を語ることのできる人物は、命の重みを知っている奴だけだ。平気で大虐殺を行ったお前に、その権利があるとは到底思えないが」

「命の価値を知っているからこそ、だ。結論から言えば、いくら散らしたところで問題はない、人間一人の価値なぞないに等しい」


 男は刀に付いた血液を、煩わしそうに一振りで払拭した。

 価値観が違う。見ているものが違う。護国寺が目の前の男を怪物と捉えているように、男は少年を取るに足らない一兵卒としか認識していない。

 交わるはずがないのだ。平行線がどうとか、そういう次元に二人はない。そもそも次元が異なっているのだから。



 男が切っ先を護国寺の顔に向けて固定する。少年は目と鼻の先に突き付けられたかのように錯覚した。


「――――愛しいのだろう、大地に蔓延る塵芥が。護りたいのだろう、この欺瞞の世界を。欲に駆られた大罪者よ、その醜悪な感情を抱いて滅ぶがいい」


 護国寺は答えなかった。もはや答える意味がなかったのである。敵として立った以上、やるべきことなど一つしかない。


「【風林火山】――――」


 護国寺は己が言霊を発現させる。まずは【疾きこと風の如く】を選択し、彼を中心にして上昇気流が吹き荒ぶ。

 対して男はそれを見て刀を構え直す。前回見た時よりも、構えが自然なものに変わっていた。


「ふむ。今日で自己紹介は何度目になるか。まあ、貴様に関して言えば前にし損ねていた故、しないわけにはいかないだろう」


 男は静かに告げた。どこか億劫そうですらあった。


「我が神名、【修羅王】。地球より賜りし言霊、【百発百中】。躯なりし言霊、【一刀両断】。何人たりとも、我らが言霊から逃れること能わず――――」


 それが合図となった。

 仕掛けたのは護国寺。長距離斬撃を警戒し即座に距離を詰めたのである。【修羅王】は冷静にそれに応じた。少年から繰り出された拳をパリィし、返す刀が正確に首筋を落とす軌道を通る。

 護国寺はその一閃を弾くようにしてガードする。もしもそれを躱そうとしていれば、刀は自動追尾して確実に首を撥ね飛ばしていただろう。彼は手の届く距離を維持したまま、三六〇度全てから攻撃を加えていく。潜り込んでアッパー、頭上からの踵落とし、背後からの回し蹴り。手を替え品を替え、あらゆる工夫を凝らしてダメージを与えようと苦心する。


「【否定姫】から私の言霊の特性を聞いていたようだな」


 ――――しかし【修羅王】はそれら全てを刀一本で防いでみせた。


「なおさら愚か、と評価するしかない。我が言霊に隙はない、と【否定姫】は懇切丁寧に教えてくれなかったか?」


 護国寺の連打のうち、最も精度の低い一撃を狙い澄まし弾き落とした。ガク、と前のめりに重心の崩れた隙を、【修羅王】は見逃さない。


「――――ならば、その身を以て思い知ってもらうとしよう!」


 刹那、男の剣戟は本領を発揮する。

 ちり、と頭上から濃密な殺気が発せられる。恐らくは最上段からの振り下ろし。中途半端に防ごうとしても、腕ごと叩き伏せられるのは目に見えている。ならばと護国寺は一か八か、前方へと崩れる勢いを利用して飛び込むようにして前転をした。刀は太ももを掠めるだけに止め、彼は九死に一生を得る。

 だが一度攻勢へと移った男は止まらない。鋭い踏み込みから放たれる薙ぎ払い。護国寺は両腕をクロスして耐えるしかない。ズドン! と衝撃で腕が軋む。これに【一刀両断】が付与されていれば、と思うとゾッとする。

 繰り出されるは無数の剣戟。必中の加護を得たそれらは、着実に護国寺を追い詰めていく。霊力で厚く保護してある両腕はともかく、それ以外の部位は切り傷だらけだ。迫り来る連撃に対処することに必死で、反撃まで意識が回らないのが現状である。


「どうした、どうした! これでは前回の二の舞だ。それではあまりにつまらないぞ?」

「言われなくとも……っ!」


 彼は【風】から【火】へと切り替え、何とか合間を縫って指先から火炎を飛ばした。ゴルフボール程度の火球。大した威力ではないのは明らかだった。だが男の刀はそれを真っ先に斬り裂いた。その隙に護国寺は間合いから脱する。

 今のは必中という特性を逆に利用したのだ。どんな弱攻撃でも男の自動迎撃は必ず発動してしまう。故に護国寺はあえてそれを放ち、連撃を一度ストップさせたのである。


 彼は自らの掌上に火の球を浮かび上がらせる。直径二〇センチ程度の球体。それに護国寺がフッと一息吹きかけるだけで、ボオッ!! と一瞬にして火炎のブレスへと変貌する。

 炎が波となって【修羅王】を呑み込まんとする。だが男が無造作に一振りするだけで、目の前の火炎を振り払ってしまう。男は感情のない笑みを浮かべた。


「曲芸としては及第点だ。だが、私はサーカスを観に来たのではない。さっさと幕引きといこうではないか」


 ドッ! と【修羅王】が激しく地を蹴り、火の海を割って突進してきた。

 またもや護国寺は防戦一方に押し込まれる。懸命に身体の中心線だけは守り、それ以外の攻撃は身体を捩って致命傷を避ける。男の一撃を受け止め続けた腕は青く腫れ上がり、打ち込まれる度に激痛が走るようになった。


「ぐ、く…………!」


 一撃ごとに心が揺さぶられる。「もう諦めろ」と、弱い自分が訴えかけてくる。その度にそれを押し戻し、歯を食いしばりながら防戦を続けていた。


「見事だ」


 男は端的に称賛した。


「雑兵であればその首、とうに落ちていただろう。一振りで鮮血が散っていただろう。貴様は確かに、この【修羅王】の敵であった――――っ!」


 ズン、と男の蹴りが少年の腹部を捉えた。強制的に酸素が吐き出される。少年の身体は僅かに宙を浮き、一メートルほどの距離が開いた。彼はさらに離れようとした体重を移動させた時には既に、【修羅王】は必殺を放つ準備を整え終えていた。


(拙い、拙い、拙い!)


 少年の心臓が凍り付く。体勢の乱れた身体は脳からの信号に対応できず、鈍行を辿る。

 男の構えは突き。放たれるそれは光の速さを越え、音の速さを越え、神速へと至る。それを同時に三本――――比喩ではなく、三つの剣尖が護国寺を穿とうとする。才能だけでは辿り着けず、努力だけでも辿り着けない。その双方あってこその超絶絶技――――三段突き。


 護国寺が僅かでも防御を考慮していれば、それは致命的なロスとなっていただろう。けれど彼は即座にそれを諦め、回避することに全霊を賭していた。たとえ全霊力を防御に費やしたところで、この三撃を防ぐことなど不可能だと。

 しかし回避となると【百発百中】がそれを封殺する。懸命に身体を捩じる護国寺。頭を穿つ一の太刀は毛先を掠め、二の太刀は肩肉を少し抉り取り――――三の太刀は少年の脇腹を貫いた。


「が――――!」


 親指ほどの穴が開く。激痛に気を取られていては、追撃の刀を避けることはできない。護国寺は火球を作り出し、【修羅王】目掛けて投げつけた。

 苦し紛れか、と男が易々と両断する。すると斬った火炎が瞬く間に拡散し、男の視界を覆った。微かに乗じた反撃の好機、だが護国寺は【風】の能力を行使して一旦住宅地へと退避する。


 脇腹を押さえながら移動するも、ポタリポタリと出血が止まらない。指の隙間から溢れ出てくる。彼の足取りもふらり、としていて頼りない。

 くそ、と悪態をついて、彼は角を曲がったところで崩れ落ちてしまった。何とか立ち上がろうと壁に背を着けるが、そこが限界だった。


(目が、眩んできやがった……)


 血が抜けていく感覚を、彼は何となく命が吸い取られているように錯覚した。【風林火山】に治癒系統の力はない。かといって縫合するような猶予があるはずもない。手負いの獲物を【修羅王】が見逃すはずがないからだ。


 敵わない。結局、【修羅王】に挑んで分かったのはそれだけだった。正確に述べるなら、元々敵わないと知って挑み、それを確たるものに変えただけ。数学の証明のようなものだ。

 ならば挑むべきではなかったのだろう。無駄に命を費やしただけで、何一つ貢献できなかった。ムサシでさえ阻まれた壁を、自分如きが越えようなどと思い上がりも甚だしかったのだ。


 瞼が急激に重くなる。これさえ下ろしてしまえば楽になれると、そういう予感があった。

 それが一番楽な選択肢であることは明白だった。



(――――今までその『楽』な選択肢を取って来たのが、今の自分だ)



 変わろうと誓ったはずだ。誰にも恥じない、誇れる自分になろうと誓ったはずだ。

 ならばまずはその性分からオサラバしよう。それが第一歩となる。覚悟なんて誰にでも抱くことができる。しかしそれを実行に移せる人物となると、途端に稀有になるのだ。覚悟とは遠くにあるものに手を伸ばすこと。掴み取ろうとすること。


 決意をそのまま実行する、そう心新たにするとフッと今取るべき行動が見えてきた。


(こういう時、漫画を読んでおいてよかったなって思うな)


 ひく、と頬が引きつった。相応の覚悟には相応の痛みが伴うのだと、この時彼は身を以て知ることになる。




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