俺もモテたい
1.幼馴染と俺と幼馴染
退屈である。
制限時間60分の期末試験を開始10分で全て解き終え、暇潰しに全ての回答を白紙に戻しゴシック体で書き直してなお半分ほども過ぎていない。
いい加減前の席の前野くんの見事なひし形模様のつむじを眺めるのも飽きてしまった。
早めに試験を終えた人は開始30分以降退出可という制度でもあれば良かったのだが、あいにくこの学校は試験時の退出はふいに催してしまった時でさえ認められていない。
トイレに行きたい人は試験の合間20分以内に必ず済ませなければならないのだ。
しかし俺はそんな厳しい試験事情について怒りを持っているわけでもお腹が痛いわけでもない。
「今回はアイツに勝たないとなぁ」
俺には幼馴染がいる。
名前は神崎 椿。
神崎 椿が家の隣に引っ越してきた3歳の時から高校2年の今日までずっと仲良くしてきた。
神崎 椿は綺麗で優雅で強いーーー
そして、完璧な女の子だ。
俺たちが通う皇王学園の一学期毎2回行われる定期試験では常に学年首席に君臨し、所属する剣道部では2年連続インターハイで優勝するという、まさに文武両道の極みな存在である。
この学園の生徒は例外なく「神崎さんのような文武両道を目指しなさい」と親に小言を言われているらしい。
そんな神崎 椿は性格も完璧で、強く真っ直ぐな生き方に憧れる生徒もいれば、困っている人には必ず手を差し伸べる優しさに救われた生徒、消極的な性格でクラスにうまく馴染めない子を明るくさりげなく和に加える気配りに心を奪われた生徒。
この学園の99%は神崎 椿の虜と言っても過言ではない。
とにかく神崎 椿は人気がある。
それはもちろん告白だって数え切れないほどだ。
振った相手は100人を超え、中には女子生徒も含まれるとか。愛は自由だ。
そんな神崎 椿の幼馴染を10年以上続けていると、人間どうしても勝てない相手というものがこの世にはいるということ、自分が大したことない人間だということ、そして何より凄まじい才能の隣にいることはものすごく疲れるということ、知りたくなくても知ってしまう。
そんな神崎 椿も2年生になり、次代の生徒会において会長に立候補するのだとか。神崎 椿なら間違いなく当選するだろう。支持率は対抗馬が誰であっても9割は超えるはずだ。
いや、1人だけ神崎 椿に勝てるかもしれない男がいる。
その男の名は神童 歩。俺の親友で、小学校から高校までずっと同じクラスというもはや腐れ縁といえるであろう幼馴染だ。
歩は普段から大人しく控えめで弱々しい雰囲気の男だが、見るものすべてを魅了する色気、校舎に猫が入ってしまった時に見せる天使のような微笑、そして何より底が見ないほどの優しさと海よりも深い愛。
歩は神崎 椿ほど絶大な支持というものはないが、≪最後の聖母≫と陰で呼ばれており、歩を見守りたいがためにコソコソと裏で活動するファンクラブがある。ちなみにファンクラブ会長はこの俺である。
━━━これは、生徒数3000人に及ぶマンモス校のその中で≪対の神≫と呼ばれる二人の男女と、なかなか有能であるが二人の幼馴染のおかげで何故か目立たない男、和田 神一の成長の物語である━━━
俺も名前に”神”って入ってるのになあ・・・
テスト用紙の右上に横長の枠で囲まれた自らの名を一瞥し、思わず溜め息をつく。
残り時間はあと5分だ。