1人目のカレシ 契約解除
一人目のカレシ 契約解除
「これ見てみ? マンボウだ。面白い顔してるぞ」
「ホントだね。ふふっ」
「アケノは食べられる魚とか好きなんじゃね?」
「そんなわけないでしょ。水族館に来たら鑑賞するのが楽しいんだから、魚を見たら食べたいだなんてそんな気にはならないよ」
「いーや、アケノは昔っから食べる方に重点置いてんじゃん」
昔から? ちょっと待って。何で初めて会ったはずのリュウが知ってるの? と言うか、どうして断言しているの? もしかしてさっきから気付かずに話をしている……ううん、彼は彼氏として接していないんだ。
「ね、ねえ、わたしってそうなの? 食べるイメージなの?」
「え? 何言ってんだ。アケノはそうじゃんか。俺の知ってるアケノは……あ、やべ……」
俺の知ってるアケノは……? 待って、リュウ? 何か見覚えがある顔と声。リュウって、リュウヤ?
「ねえ……正直に話して欲しいんだけど、リュウヤは私を騙したの?」
「えっ? あ、いや、俺はリュウヤなんて名前じゃなくて、リュウですよ。嫌だなぁ、誰かと勘違いしているのかな? ごめんごめん、ついつい馴れ馴れしく話していたね」
「ううん、もう遅いよ。リュウヤ、あんた……どうしてこんな、こんな私をからかってまでお金を得たかったの? ヒドイよ……従姉に対してやることなの!?」
「い、いや……そ、そんなんじゃ」
あー……やっぱり、リュウヤだわ。これが本物の人ならそういう態度にならないもの。はぁ……わたしのトキメキは何だったのだろう。正体さえバレなければ、このまま楽しく恋人付き合いを続けられたのに。
「お、俺は騙すつもりは無かったんだぜ? そ、それにアケノだってきちんと最初から俺と分かっていればこんなことにはならなかったはずだろ?」
「ひ、開き直るの? 私はエセカレサービスにお金を支払ったのよ? まさかそこに従弟が来るだなんて思う筈がないじゃない!」
「顔を見たらすぐ分かると思っていたのに、アケノが気付かずにそのまま俺とデートすることを決めたんじゃないか。ってことは、アケノに落ち度があったってことだ! 俺は悪くない」
リュウヤの性格がばっちり出てるわ……あぁ、これだから彼女が出来ないんだ。顔だけはいいものね。女の子に対する扱いが上手いのは納得が行くけど、やっぱりこれって契約違反よね……
「で、どうする? このままデートの続きをするか?」
「リュウヤと分かったのにどうしてデートが出来るの? 悪いけど、私は帰るわね」
「お、おい、どうすんだよ」
「ごめん、私、急ぐから! じゃ、またね」
混みあう水族館の通路を歩く人たちを掻き分けながら、急ぎ足で私はとある場所へ向かって駆けだした。
※
「……この度は大変、申し訳ございませんでした。まさか当社の名簿にアケノ様の身内関係者が所属しているとは思いもせず、不手際でした。通常、あり得ないことでしたので途中契約解除と致しまして、支払い済みの金額を全額お返しいたします。次の2人目をご利用される場合は、このままこれを充当致しますがいかがなさいますか?」
「は、はい。で、では継続で、2人目のカレシにソレを使用します。あの、リュウヤの処分はどうなりますか?」
「……それについてはお答えしかねますが、今後はこういうことが無いように教育を徹底させる所存です。ですので、アケノ様が気に病まれることではありません。他によろしいでしょうか?」
「あの、私も次のカレシの時は顔とか他の情報をもっとよく見るべきですよね?」
「いえ、次はそういったことにはなりませんので、安心してタップしていただきたく思います」
「わ、分かりました。そ、それじゃあ次のカレシはこの人でお願いします……」
こんなことになるだなんて初日は思ってなかったけど、身内ペナルティは私にではなく、リュウヤに課せられた。本当はここまでする必要は無かったのかもしれないけど、ボロを出したリュウヤにも責任があるし途中で楽しめなくなったのも事実だったし、やむなく私はエセカレサービスに報告をした。
結果として、契約は途中で解除扱い。解除金は全額戻って来たけど、そのまま彼氏なし生活に戻るなんて嫌だった。エセカレであってもその時間、楽しめるということはリュウヤとのデートで垣間見えたこともあって、私は迷わず2人目のカレシを希望した。
次に選んだのは少し落ち着いた感じに見えた年上のカレシ。今度こそ、カレシと楽しく過ごしたい。そんな想いを胸に秘め、私は待ち合わせの場所へ向かって歩き出した――