Part.8 恋愛問答
「知っている人といえば、知ってるかな」
相手のことを紹介しようにもできない。
それでも自分を通して会っているといえば会っている。
男性との約束で、本人のことを相談なしに話せないからこそこのような返答となってしまった。
「しっかりお話ししたい、けど、どう説明したらいいか分かんないの」
「……そう、なの」
相槌を打つ間に母親も考える。
はぐらかすような子でもないし、ましてや本気で怒るほどに悩んでいることだ。
言いにくいより娘のいう”どう説明したらいいか分からない”これに尽きるだろう。
それならば無理に相手を聞き出す必要はないと思った。
「分からないなら分からないで、分かった時話してくれたら良いから」
困っていた娘はその言葉に助けられた。
「ありがとう、お母さん」
「でも、ちゃんと分かった時はお母さんに紹介して欲しいな」
「うん!」
母親に向ける娘の顔はとても嬉しそうにしていた。
それだけでも十分相手のことが好きなのだと理解できるが、娘自身が納得しなければ行動ができないだろう、母親自身がそうだったように。
そこで母親が1つ提案を持ち出す。
「んー、そうね。
アイは相手のことをどう考えていいか分からないから、相談したいってそう思ったのよね」
「うん」
「それならわたしが質問するから、思った通りに答えてみるというのはどう」
「思った通りに?」
「そう、思った通りによ。他に一切考えないようにして、感じたまま答えてくれればいいわ」
娘は不思議に思ったがそれでこの気持ちがはっきりするなら、そう願った。
「まず相手に自分の話しを聞いて貰えなかったら、どう思う?」
「すっごく怒ると思う!」
「ははは、さすがわたしの娘だね!
次は、相手が自分の気に入っているものに興味を持ってくれたら?」
「すっごい嬉しい!」
「その調子だよ。そうしたらね、次は………」
母と娘は笑いながら、また時に怒りながら、表情をころころと変え、話しを進めていく。
流れが分かってきたのか、時々娘の方から母親に質問をすることがあったが、やはり娘が回答する時間の方が多かった。
そんな問答も長い時間が経ち、終盤へ差し掛かっていた。
「あー、こういう話しも面白いね。たまにはお父さん抜きで話しをするのも良いもんだ」
「楽しいけど、お父さん拗ねちゃうよ」
「ははは、あの人は早々拗ねたり……するかもね?」
顔を見合わせてまた笑いだす。
「それじゃ、最後の質問をしようか」
「うん!」
「これはよっく考えて、それから正直に、答えるんだよ。じゃないと絶対に後悔するからね」
「う、うん、分かった」
「最後の質問だ。
もし相手が、アイではなく、他の女性を好きな人ですって紹介してきたら
………どうする?」
「っ!!」
また胸が苦しくなった。
想像したら、泣きそうになった。
さっきまで母と楽しくおしゃべりしてたはずなのに、質問をした母のことをすごく憎らしく思っていた。
「難しいだろうけど、ちゃんと相手のことを想像して答えを出すんだよ。そうじゃないと自分自身で納得できなくなっちまうからね」
考える、辛い、想像する、泣きたい、想像上の女性を思う、憎い。
どうしてわたしが隣じゃないんだろう。
なんでわたしを選んでくれないんだろう。
なんで、わたしを、好きになって、くれないんだろう。
その結論に至った時、娘ははっと顔を上げた。
目に入ってきたのはとても優しい母親の表情。
悩んでる間はあんなに憎らしく思ってたのに。
そう思った時には、母の胸の中に飛び込んでいた。
「お母さん、お母さん!
わたし、彼に好きになってもらいたい!
わたしを好きって言ってもらいたいよ!!」
母は娘を撫でる、優しく何度でも。
「それが答えだと思うわよ、偉かったわね」
胸の内で泣く我が子を優しく、柔らかく包む。
いつか来る決断の日に少しでもこの温もりを思い出して欲しいから。
悲惨な想いをした時は、またこの胸の内に飛び込んできて欲しいから。
「きっと大丈夫よ。
こんなにもアイに好きって思って貰ってるのだから、羨ましいぐらいだわ」
「……ぐす、ぐす…ほんと?」
「ええ、ほんと。お母さんが大丈夫だって、太鼓判を押してあげるわ。
だって、貴女はわたしの可愛い娘ですもの」
娘はそのまま泣き疲れて寝てしまうまで母の腕の中に居た。
その寝顔に、迷いはもう映ってはいなかった。