Part.6 家族の時間
『アイちゃんそろそろ起きようか、お母さんが心配してしまうよ』
少女は男性の声を聞いて目を覚ます。
寝る前の少し重くなってしまった気持ちは既にない。
柔らかな光に包まれた気もしたがそのことには深くは考えず、母親へ会いにいくことを思い出しながら身体を起こす。
『ほら服を直して、意識はしっかりしているかい、階段から落ちないようにね』
母親のことを思い浮かべてたからだろう、その言葉を聞いて思わず笑ってしまう。
「お母さんみたいだよ」
そう返されるとは思っていなかったのか男性が言葉に詰まる。
アイは少しだけ意地悪ができたと喜び、身支度をして階段を降りていく。
とんとんと音を鳴らし降りていくと、身体の大きな男達が下から昇ってくるのが見える。
彼等は少女の両親が経営する宿に泊っている冒険者達だ。
大人がすれ違っても余裕がある階段の隅に寄って腰を折り頭を下げる。
相手の冒険者達も宿屋の娘と知っているからこそ、お互いに挨拶を交わしてすれ違っていった。
アイの両親が経営している宿は3階建てとなっている。
1階が受付けと待合所で丸机が幾つかと椅子も配置している。
武具や大きな荷物などを置けるように小型の倉庫部屋も幾つかある。
2階はアイと両親、祖父が住んでおり、一部は宿泊客用に開放してあるが基本は3階の部屋から入って貰うようにしている。
これは部屋から町の中央が見えるようになっており、噴水広場が一望できるので、冒険に疲れた者達に少しでも良い景色を見て気分を癒して欲しいからである。
そのため各個室には過度な装飾を避け、木の机と椅子、小さな壁掛け時計、近くの森でアイが朝に摘んできた花を窓際に飾ってあるだけで自慢できることと言えば、他よりやや高級なベッドを設置していることだ。
ご飯処や風呂場はお隣さんと提携しているのでそちらに任せている。
元冒険者の祖父からすればこれくらいが丁度いいのだと言っていた。
アイが階段を降りると待合室を掃除していた母親が手を止めて近寄ってくる。
「長いこと探してたみたいだけど見つかったのかい」
「うん、だけどお外にでる用事はなくなっちゃったの。
その代わりお母さんに相談したいことがあるんだけど…」
「おや、なんだろうね。寝る前でもいいかい、まずはこれを済ませていきたいからさ」
手に持っているホウキをアイの前に見せて、にっと笑う。
つまり先ほどの頼みたいことがこれなのだということだ。
「今日はこの後も手伝うから早めに時間作ってね!」
「あらら、本当にどうしたんだろうね。いつもはお爺ちゃんのところへ話しを聞きにいくのに」
「もう!いいから早く終わらそっ!」
目の前のホウキを奪うように取ると手慣れた動きでさっさっと掃いていく。
ずっと前から続けていた手伝いだ、これも男性からの提案で始めたことである。
手伝い始めた頃は両親の心配を煩わしく感じていた時期で、本当は距離を空けて置きたかった。
しかし無言とはいえ近くにお互いを感じていれば、それだけでも安心して声を掛けてくることも少なくなるよ、ということだった。
実際に行動してみればその通りになった。
両親からの過度な接触は減り、いつしかいままで通りに傍に居ても煩わしさは感じなくなっていった。
後から父親も合流して3人で仲良く掃除を始めた。
今日の晩御飯は冒険者がお土産に持ってきたウサギのお肉だった。