Part.3 芽生え
善神ゼフィリア
もっとも古き歴史から4つの種族に加護を与え、理術を授け、悪神アグフィリアと名も無き邪神を相手にいまも争っている。
そう各種族が”伝承”し続けてきた存在である。
《申し訳ない、そこの幼き少女と魂の男よ》
謝罪から始まった善神の言葉に驚きアイはおろおろとし始める。
幾らか時間が流れたといっても、13歳の少女にはどう対応すれば良いのか判断がつかない。
道行く人から不思議そうな目を向けられ始めた頃、我に返った男性に促されて急いで自室に帰ることになった。
勢いよく宿の暖簾をくぐり自室へと戻ろうとすると
「おかえり、慌ててどうしたの?」
母親に呼び止められてしまう。
「ただいま、お母さん。
ちょっと忘れ物しちゃったから慌てて取りに来たの」
「あらそうなの、あとでお願いしたいことがあるから出ていく前に声を掛けてね」
「はーい」
軽く会話を交わしてバタバタと階段を昇っていく。
10歳の頃、狼に襲われてからは徐々に両親の心配は膨らんでいき、こうして小さなことでも声を掛けるようにしている。
アイも最初はしょうがないと思っていたが次第に煩わしく感じるようになる。
しかし男性との会話の中で納得できる部分を見つけることができてからは、率先して自分から声を掛けていくようになった。
このような小さなことの積み重ねが少女が男性に向ける信頼へと繋がり、徐々に別の想いへと変化していくようになる。
自室へと戻ったアイはいつものようにクマのぬいぐるみを前に置く。
これは3年間続けてきた見えない相手と対話をするための準備である。
『善神ゼフィリア様、長くお待たせしてしまい申し訳ございません』
「申し訳ございません」
アイがぬいぐるみに向かって頭を下げていると、その身の内から光の粒子が舞いぬいぐるみを包み込んだ。
完全に包み終わるとぬいぐるみは立ち上がり少女の前に立つ。
《こちらもかのような場所で声を掛けたこと申し訳なく思う。
何せこのようなケースは初めてでな》
『………質問を、させては頂けないでしょうか』
《構わぬ、こちらの都合もあるのであまり長くは話すこともできぬが、良いか》
『有りがたき事と存じます。
不肖の我が身のこと、いまは異なる2つの魂を少女アイの身体の内に宿しております。
これを別つ方法をお教え願いたく、平にお願い申し上げます』
善神ゼリフィアはこれを聞き、なるほどこのような男か、と考えた。
《ほう、私の言葉に対する質問ではなく少女の身を案じる言葉が出るか》
『失礼な事と十二分に感じております。
どうか、どうかこの願いだけでも聞き届けては頂けないでしょうか』
男性には神などという途方もない相手と相対した経験など一度しかない。
それも一方的に《世界に進化を促せ》と言われ、異世界から召喚されたのだ。
思えばあの時の雰囲気とは違い、いまは”話が通じる相手”に感じる。
だからこそ僅かな可能性であっても今を逃す手はないのである。
善神ゼフィリアは何か用があって接触を図っている。
それがアイにとってどのような影響を及ぼすか分からない、切れる手札を増やすため男性は行動を起こした。
《ふふ、ふははは。
お主はよっぽどの男のようだ、久方ぶりに良き想いを見させて貰った。
……その願い、叶えよう》
ぬいぐるみが手を上げると、アイに向かってまた光の粒子が流れ込んでいく。
その様子をただ呆けて見ていたアイは身体を庇うようにして距離を取る。
「だ、だめ! お兄ちゃんが居なくなっちゃう!」
『アイ!?』
男性が慌ててアイを説得をするも今度は光から逃げるように部屋の端へと走る、しかし光の粒子が身体に飲み込まれていくのを感じて、少女は膝を折って泣き出してしまった。
『アイちゃん、大丈夫だから、ほらオレはまだここに居るだろう?
勝手に居なくなったりはしないよ』
《うむ、心配することはない。
この男に知識を授けただけだ、だから泣くな幼き少女よ》
「…えう、ぐす……ほんと?
すぐに、居なくなったりしない?置いて行ったり、しない?」
『ああ、ああ、本当だとも勝手に居なくなったりしないと、約束する』
「………うん」
お互い言葉を交わし、意思を伝えあったことでアイも次第に落ち着いていった。
《さて幼き少女も落ち着いたようだ。
時間も残り少ないのでな、こちらの都合を話させて貰うぞ》
クマのぬいぐるみは威厳を出すため腕を組んではいたが、ただ可愛いだけの仕草になってしまった事実は男性の胸の内に秘められた。