Part.17 男の過去(5)
アイリはユウキの傷がゆっくり塞がっていくのを見ていた。
自分を庇った代わりにナイフに刺された友人。
それを魔法で治療していく黒髪の少年。
イッサを助け出したときに隣で寝ていたから話しを聞くために助けさせたのに、面白いからという理由で自分から誘った相手。
気を失っているのにどこにも怪我が見当たらないのが気になって、もしかしたらこの少年が何か特別なことをしたのかという思いもあったが、まさか魔法を使えるとは考えてもいなかった。
この《世界》で魔法を使えるということは、高等教育を受けられる立場を指す。
魔法使いとは自らの魔法を無闇に見せたり教えることを嫌う傾向にある。
無手で剣の達人より強力で、弓よりも正確に、火薬よりも取り回しがしやすい力だからである。
ごく最近では拳銃という鉄でできた飛び道具が開発され、魔法を脅かす存在と言われているがそれもかなりの金額を積まなければ手に入れることはできない。
しかも軍部では所有者を把握出来るようにしているため、実際に使用された場合には拳銃の所持者が一番に疑われるのだ。
その点、魔法は誰が使用したのか把握が難しい。
こういった背景から流れの魔法使いは自らの姿をローブで隠し、その技術を秘匿することであちこちの戦場で多額の金銭を稼ぐことができるのだった。
アイリは悩む。
いま周囲の仲間は友人を助けてくれたことに恩義を感じている”だけ”だが、それが薄まってきた時はどのような態度に変わるか。
「………やめよう、こんな風に考えるのは」
出した結論は全員に通達して秘匿することだった。
危うい考えだということは理解しているが、ジロウが魔法を使うことを決断したその意思に背きたくなかった。
後はなるようになれ、と願っていまはやるべきことを見据える。
抵抗した少年達への制裁だ。
ジロウの魔法を見られてしまっているし、暗黙の了解と化した規則を無視してナイフで斬りかかってくるような相手だ。
喧嘩では苛烈な行動を取るが組織の頭として全体に有益となる方法を取る必要があったため、この事件がなければある程度で済ませるつもりだった。
どうしてくれようかと悩んでいるとアイリを指示を待っていた1人が声を上げる。
「オレは難しいことは分かんないけどさ、ここまでしたこいつらを許すなんて出来ないと思うぜ」
「分かってるよ…だから悩んでるんでしょ」
「そもそも何を悩むんだ?」
「こいつらは絶対に約束を守らない、だから何が何でも守らせる方法を考えなきゃいけない」
「ふーん、埋めたらいかんのか」
その言葉にうつ伏せで取り押さえられているガキ大将がびくりと反応する。
「埋めるって簡単に言うけど後処理が大変なのよ」
「なあんだ、てっきり埋めることが苦手なんだと思ってた」
「別にそんなんじゃないからね」
「そっかそれならいいんだ」
そういってまた集団の中に戻っていく。
彼のこの行動は牽制を目的にしたものだとアイリは理解している。
明るみにしたくない理由で誰かを殺したとあっては、他の組から危険な奴等だと判断されて排除されるかもしれない。
そんな危険は冒したくないし、下手すれば巻き込まれて仲間が大勢死んでしまう。
しかしガキ大将達は違う。
規則を仲間が破り、その結果1人を死の淵まで追いやってしまったのだ。
その少年の周りに人が集まったいたかと思えば、急に歓声が沸き治療されたというのだ。
一命は取り留めたものの起こした行動が消える訳ではない。
行動を起こした者を追い出せば良いというわけではない。
公約ではないものの自分達で決めた規則を仲間が破ったのだ。
明確な規則がないからこそ、その暗黙の規則は重要性を増してくる。
最悪、感情的になった相手に実行者共々埋められるという選択肢が過ぎるのである。
なぜアイリと違う結論に至るかと言えば、自分達なら”そうする”と思っているのだから。
この意識の違いが牽制へと繋がっていくのだ。
アイリは大いに悩み、決めた。
「よしユウキはあたしらのために死んでくれ!」
『『『は、はあああああ!?』』』
恐ろしい言葉を放つ彼女に周囲から驚きの声が上がった。
周囲の反応を受けて、なんだその反応はと頬を膨らませてさらに告げる。
「まずはユウキには死んで貰わないとね!」
そして自前のナイフを懐から取り出し、口元が引きつっているユウキとジロウに近づいていった。