Part.16 男の過去(4)
月明りの中、アイリを先頭にジロウは歩みを進めていた。
アイリ達はその日のうちにイッサを利用し、暴行を加えていた集団を特定していた。
幽霊屋敷と呼ばれているところがその集団のたまり場なのだとか。
いまはイッサと看病する数名を除いた十数人で幽霊屋敷まで足を運んでいる。
なぜこうなったんだといまだに溜息をつくジロウへ隣を歩いていた少年が声を掛ける。
「仲間がやられたんだから仕返しは当たり前だろ」
「そうじゃない、なんでオレがいくんだって話だよ」
「お前もあいつらに仕事を奪われたんだってアイリから聞いてんぞ、その仕返しだってしたいだろうが」
まあ、いや等と適当な返答を繰り返すジロウに少年は呆れていった。
「なんでお前みたいなのがアイリの目に留まったのかほんっとわかんね」
少年は足を速めて前の集団へと進んでいく。
その後ろ姿を見ながらジロウも「なんでなんだろうな?」と呟いて、燻る感情を抱えたまま幽霊屋敷に到着した。
そこからの展開は早かった。
お互いに大声で喧嘩を起こす理由をぶつけ合い、それが終わると同時に素手での乱闘に突入した。
随分前は得物を手に戦っていたそうだがお互いに損害が大きく、喧嘩の後は他の組に襲撃されて共倒れになる場合が多かったのでこのような決まりができたのだという。
やる気がなかったジロウも巻き込まれ否応なしに応戦させられた。
殴らなければ殴られる、殴らなければ味方の誰かが殴られる。
実践することは少なかったが、この《世界》で十分に学んだことだった。
もみ合い、殴り合い、倒れ合い、その中で1人だけ異様に強い子供がいた。
「アハハハハ、あんたら弱いんだからさあ。あたしらに喧嘩を売るって意味分かってやったんでしょ!」
「ひいぃぃぃ」
「そんなら、これくらい、やられたって、文句なんて、ないよねえ!」
「もう、もう助けてくれえぇぇ!」
あの夕暮れの路地裏でイッサを率先して殴っていたガキ大将が地面に倒れ、アイリに蹴られ続けていた。
他にも何人もの少年が倒れており、その周りにはあの時見知った顔もいた。
アイリの雰囲気に飲まれた相手はびびってしまい、味方の少年達に殴られて1人また1人と倒れていく。
ジロウも以前喧嘩した相手があそこまで強く、苛烈という意識がなく、相手同様に雰囲気に飲まれてしまっていた。
立ち直った頃には大勢は決しており、数人が抵抗している程度だった。
「この喧嘩はあたしらの勝ちだ!」
『『『うおおおぉぉぉぉ!!!』』』
「明日また来るからね、そんときにしっかり取り決めさせて貰うよ」
ガキ大将へと吐き捨てるように声を掛け、アイリは後ろを振り向き歩き出した。
その瞬間―――――
倒れていた取り巻きの1人がぼろぼろのナイフを取り出してアイリへと走る。
ジロウも気付き駆け出すが距離があり過ぎて間に合わない。
ナイフが届く寸前、アイリを突き飛ばして代わりにナイフを受けた少年がいた。
道中にジロウへ声を掛けていた少年だった。
少年は膝を付き前のめりに倒れた。
横っ腹に刺さったナイフから血がじんわりと滲み始め、身体を伝って地面に吸われていく。
起き上がったアイリはすぐさま少年を抱き起し、周りの少年達はナイフを刺した取り巻きとガキ大将達を取り押さえていく。
「ユウキ、ユウキってばしっかりして!」
「アイ…リは無事、か?」
「ああ、ああ!無事だよ大丈夫だから、ユウキのお陰で助かった!」
「そっか、それなら…良いんだ……」
「誰か血止めと包帯を持ってこい!すぐにだ!!」
アイリが大声で指示を出して少年達が動いていく。
ジロウはそれをぼんやりと眺めていた。
イッサを助けてもその結果、また1人が傷ついた。
それも見知らぬ相手ではなく言葉を交わし、先程まで一緒に喧嘩を行っていた知人である。
(ほんとになんでこうなんだろうな。記憶の中の《世界》もくそったれだったが、ここだって変わらないほどのくそったれな《世界》じゃねえか、どこも一緒だってことかよ)
考えている間にもユウキと呼ばれた少年の血は地面に飲み込まれていく。
まるで《世界》が少年の命を奪っていくように感じた。
ジロウは《世界》を恨む。
勝手に自分を引き込み絶望を押し付け、周りを傷つけて自分の心を傷つける。
血止めも包帯もないと戻ってきた少年達が叫ぶ。
アイリはそんなはずがないと悲痛な声で叫んだ。
だから行動を起こした。
このくそったれな《世界》を否定するために。
「ユウキ、オレを信じてくれるか?」
ユウキに近寄ってナイフを抜いてもいいかと聞く。
「うっぐ…お前がなんかすんのかよ、不安だなあ」
「なんとかしてやるから、いまだけでもオレを信じろよ」
「…っはあ、まあ、いいか任せるよ」
お互いに言葉以上に目で語る。
「お、おいジロウなんとかできるのか!?」
「なんとかするからアイリは黙って支えてろ」
ナイフに右手を掛け一呼吸。
今度はイッサを助けた時のように具体的なイメージを持って左手に魔力が集まるように意識する。
ぼんやりと左手が温かくなってくるのを感じたところで、ゆっくりとナイフを抜いていく。
ユウキの表情が痛みに歪んでいくのを苦しく思いながらも引き抜き終わると、魔力を集めた左手を傷に当てる。
それが正しいのか分からないが、その方が良いだろうという感覚に従って行動すれば、手の温もりがユウキに流れていくように感じた。
そしてナイフを捨てた右手を重ねてさらに魔力を送り込むように意識し続ける。
ユウキは痛みが薄れてきたことで瞑っていた目を開けジロウを見ると、額に玉の汗を浮かべ、目からぽろぽろと涙を落とす顔が視界に広がる。
月夜に照らされた黒髪はきらきらと光り、平凡な少年がとても綺麗に見えた。
「なんでお前が泣いてんだ………ばかやろう」
「うるせえ黙って治されてろ……あんぽんたん」
やれると心で感じていたからやってみた。
治したいと思ったから魔法が使えるのを皆に見せる覚悟ができた。
だから治せていると頭で理解できた時には安心して涙が出てきた。
この《世界》で、友達を自分の手で救えることが分かったのだから。