Part.15 男の過去(3)
ジロウが目を覚ました時に目に飛び込んできたのは半年程前に教会で喧嘩した少女の顔だった。
「生きてたんだ」
ジロウが目を覚ますのを確認すると、身体を起こして伸びをする。
そうすると景色も見え始め、自分が寝かされた居たのはあの朽ちた教会の広間であることが分かった。
徐々に身体を起こして周りを見渡すと、周りには同じ年頃の少年少女らがあちこちで話し合っていた。
笑い声や怒声に混じりながら、身振り手振りで話し合っているのを見ると、ふと記憶の中の情景を思い起こされた。
(話し合ってる内容は物騒だけどな)
どこの組のやつだ、うちの可愛い子にあんなことさせてたなんて、報復だなど、特に少女達の方が笑顔で話し合ってる分、恐ろしく感じる。
「あんた、なんであんなことしたの?」
教会で喧嘩した少女はこちらに目を向けなおしていたようだ。
不思議そうな顔で見つけてくる仕草に、当初との落差を感じて思わず吹き出してしまいそうになる。
少女は顔を顰め、怒り出しそうに感じたので慌てて声を出す。
「あんなことってなんだよ」
「イッサを助けたことよ、あんたがやったんでしょ」
「イッサって誰だ?」
「…知らないで助けたの?ほんと、あんたってなんなのよ」
呆れ返った少女に改めて聞けば、あの時助けた幼い少年のことだった。
どうやら気を失った後、少女に助けて貰ったらしい。
「まあいいわ、それで何が目的なの」
「……目的、かあ。助けたかったからじゃ駄目か?」
「駄目ね、意味が分かんないもん」
「意味なんてないよ、ただ何となく悔しくて助けたかったから助けた。本当にそれだけだよ」
ジロウに嘘はなく、理不尽なこの《世界》が憎くて悔しくて、ただ反抗がしたかった。
自分をこんな《世界》に放り込み、苦しませ、一体何が目的なのか。
そもそも目的なんてあるのか、そんな哲学めいたことを考えていた。
目の前の小さな命を助けることで、自分が生きた意味があるのだと救われたかったのかもしれない。
じっと少女は見ていた。
この少年に裏心があればこのまま叩き出すことに決めていた。
イッサを助けて貰った恩があるから少しぐらいは融通してやろうかとも考えてはいた。
いま少女はこの朽ちた教会に集まる少年少女の頭だ。
下手に他の地区の組に借りを作ればそこから搾取されるだけの立場になってしまう。
その少女がくすりと笑う。
「あんた面白いわね、どこかの組に入ってたりするの?」
「オレはそういうのと付き合う気はなかったからな」
「へえ、それであの頃から生き残ってこれたんだ、やるじゃない」
あの少女から褒められたと気付くまでに少し掛かったが、一度は完敗した相手から褒められるのは悪い気がしなかった。
それにあの時の感情を抜きにして見れば可愛い女の子からだ。
少々短めだが赤く染まった髪、自信と責任感を感じる強い目つき、他の年頃の少女たちに比べて引き締まった身体。
ちらちらと見てたのが気になるのだろうか。
半眼にさせてジロウを見つめていた。
「す、すまん…」
「へえ、ほー、ふーん?」
今度はにやりと笑うと意地の悪そうな目でこちらを観察してきた。
居心地が悪くなってきて身をよじるようにしてると少女が大声で笑いだした。
「アハハハハハ、あんたってば面白すぎ!ねえ、あたしらと組んでよ。きっと面白いよ?」
「は?」
「決めた、あんたはもう仲間だ。イッサも懐いてるようだし良いだろ?」
「はあああ!?」
今度は少年が大声を上げる。
周りの少年少女はまたかと苦笑いをしているが、否定しないところを見ると反対意見はないのだろう。
一部の少年達が「またライバルが増える」と話していること以外は。
「あたしの名前はアイリって言うんだ、あんたは?」
「……お前ってほんと勝手だよな、こっちの意見は聞かないのかよ」
「嫌なら嫌って言えばいいじゃん」
アイリと名乗る少女がすっぱりと言い切るとジロウは一瞬詰まる。
瞬きほどの静寂の後、顔を上に向けて手で目を覆う。
「ああああ、もう!嫌なんて言ってねえだろ、オレは次郎だ。鈴木 次郎」
「ええ、ジロウダスズキジロウなんて長ったらしい名前だね」
「違うわ!もういい、ジロウでいい」
「それならそうと言いなさいよ。ジロウ、良い名前じゃない」
アイリは教会の仲間達にジロウを紹介すると、イッサを利用した者達への報復を宣言した。
隣で聞いていたジロウは顔を手で覆って大きな溜息をついた。
「なんなんだこれ…どうしてこうなった」
「ジロウにも手伝って貰うからね?」
割れたステンドグラスから漏れた夜光がアイリの横顔を照らす。
赤い髪がきらりと光り、歯を見せて笑う姿はジロウにはとても眩しく見えた。