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Part.13 男の過去(1)


ジロウには親が居なかった。


捨てられたわけでも、死んだわけでもなく、居なかった。


気が付いた時は、14歳の少年の身体で朽ち教会の中に立っていたのだ。


そして不思議なことに長いこと人生を歩んできたような記憶がある。


平和な環境でいまの自分と同じ年齢まで、それも同じ年の子と思われる大勢の人と過ごしてきた記憶もあった。


そして様々な恰好の人々と鉄の箱に乗り、天まで伸びようかと感じる建物の中を通り抜け、仕事をこなし、また同じ道を通って帰る。


そんな生活を20年近く続けて居たように思える記憶すらあった。


暫くその場で呆けていると少女と思わしき可愛らしい声が響いた。


「そこでなにやってんの?ここはあたしの場所なんですけど」

「え、ああ、すまない?」

「はあ、すまないってなに?なんかやらかしたの!?」


意味が分からないけど、とりあえず謝っておく。


記憶の中にある対処法はこれだった。


少女は形の良さそうな眉を八の字に歪めて、きつい目つきを更に厳しくしてこちらを責め立ててくる。


「どうでもいいけど弁償しなさい、弁償よ、弁償。分かるでしょ?」

「ちょっと待ってくれ、オレも意味が分かんないんだよ」

「はああ!?意味が分かんないのに謝ったの?ばかなの?いいえ、馬鹿でしょ!」


一言いえば倍以上で罵られる。


さすがに温厚であった男もこれでは憤りを感じ始めてくる。


(なんだこいつ、オレの記憶の中でもこんなひどいやつは見たことないぞ)


ジロウがそう考えている間にも、少女は口を休めることなく騒ぎ立てる。


見れば身の丈に合わなそうな汚れた服を着て、手には土にまみれた果物らしきものを持っていた。


その視線を感じ取ったのか少女は果物を背中に隠す。


「いまわたしのご飯見たでしょ、ぜ・っ・た・い・に上げないんだからね!」


更に険を増して睨みつけてくる。


考え事をしていた男はそれに反射するように答えてしまう。


「いるかそんなもん、お前みたいなみすぼらしいやつにはお似合いだがね」


少女に比べ男は肉体的な年齢は同じだろうが、精神的には大人のつもりでいた。


しかし不可解な記憶と実感の伴わない肉体、それと見慣れない景色に衝撃を受けていたのもあり心に余裕はなかったのだ。


男の胸の内を知る術もない少女には関係がなく、ただ自分が馬鹿にされたことに腹を立てた。


「な、なに様のつもり!むかつくわ、ぶん殴って謝らせてやる!」


言うが早いか少女が果物を落とし、拳を振り上げて飛び掛かってきた。


ジロウはまさかそんなことで暴力を振るってくるなど思ってもいなかったため、身構えることもできずそのまま頬を殴られ倒れてしまう。


「うわ、よわっちい。んー、こういう時にあいつらはなんて言ったっけ」


少し腕を組んでいると思いだしたようだ。


「このあたしに盾突こうなんざ10年早いんだよ、ばーか」


片方の頬を上げ、鼻で笑う少女は尻もちをついたジロウを嘲る。


ジロウも年下の少女の良いようにされて黙ってられるほど、大人しくはなかった。


素早く立ち上がると、目の前の少女を睨みつける。


「お、お、やる気?根性だけは見せるんだ?」


「この小娘が、大人を甘く見るんじゃねぇ!」


ジロウは恥も外聞も投げ捨て、目の前の少女に飛び掛かった。








「はあ…少しは根性見せたかと思ったらこれかあ」

「うぐ、ちっくしょ…小娘のくせにっ」

「威勢だけは良いみたいなんだけどなー」


喧嘩慣れした少女と、平和な世界で生きてきた男では肉体的に勝っていても身体が思ったようには動いてくれない。


「ああ、もうっ!それよりあんたが倒れた時に潰れたあたしのご飯、どうしてくれんの……昼ご飯抜きはしんどいよ」


ジロウが飛び掛かった後は少女に躱され、地面に落とされていた果物を潰してしまったのだ。


そこから馬乗りにされ、殴られ続け勝敗は決したのだった。


少女にとってはこんな男との勝負事より今日のご飯が気になる。


殴られて勝敗がはっきりしたいまなら、ジロウも多少は冷静に考えられた。


勝手に住処に入られ何か悪戯していたかもしれない少年が居て、文句を言ったら殴られそうになって、その結果がご飯抜きだ。


これは誰が見てもジロウが悪い。


「……すまんかった」


それでも思うことはあったので言葉なりは多少乱暴になったものの素直に謝った。


少女はそんなジロウを見て息を吸ってから、大きな溜息をついた。


「はああああああ……もういいよ。あんたとは喧嘩したしこれでちゃらね」

「い、いや、それじゃオレの気が済まない!」

「じゃあなに、ご飯奢ってくれんの?」


この《世界》に降り立ってから右も左も分からないジロウは困った。


何とかしてあげたい。

それも自分のせいでこの少女は食べられたものが食べられなくなり、辛い思いをすることになったのだ。


その気持ちとは裏腹にどうしたら良いか分からないといった雰囲気を感じ取り、少女は心底呆れた顔で呟く。


(こいつバカで弱いけど、お人好しか…はあ)


悩んでいたジロウは聞き逃し、そのまま唸り続けている。


何もかもどうでも良くなった少女は手のひらを上下に振る。


「だから、いいやって言ってんの。ほらもうさっさとここから離れてよ」

「あ、ああ……すまなかった」

「じゃあね、ばいばい」


こうして少女とジロウは出逢い、男は少年としてこの世界で生きていくことになった。



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