Part.11 別れの訪れ
普段通りにアイが宿の手伝いをこなし、異世界魔法の勉強を終えたところで男性から話しがあると告げられた。
不思議に思いながらも片付けようとしたイヌのぬいぐるみを戻し、その正面に座る。
しかし一向に声が聞こえてこない状況が気になり、彼女の方から声を掛けた。
「どうかしたの?」
『あ、ああ…すまない。
どう伝えれば良いか、いまだに悩んではいるんだが…今日だけは周りに音が漏れないように魔法を使うよ』
音の精霊に部屋を囲うように遮音して貰えるように働きかける。
精霊と話すのを楽しみにしてる男性にしては珍しく声に余裕がなく、また黙ってしまった。
それも長いことこのままにしては置けないというのもあり、意を決して話し出すことにした。
『アイちゃん、まず1つ約束して欲しいのだがいいかな』
「わたしができることなら何でもするよ?」
『ありがとう、いまから少しだけ辛いことを話さなくてはならないんだ。それから…アイちゃんのことを一番大事に思っているし、見守っていたいとも思っている。だからこそ……うむ……いまから話す内容を最後まで聞いて欲しい』
男性が発した”一番大事”という言葉を耳にしてアイの心はどくんと跳ねる。
「う、うん。わたしも…一番大事って思ってるよ」
心拍数が急上昇して、それに伴う動悸から思考が麻痺して告白めいた発言になる。
そのことを自分が思っていることと同じ意味合いだと受け取る男性と、恋を自覚したアイとの間では大きな隔たりはあるがお互い大事に思ってるのは変わりがないだろう。
『アイちゃん、ありがとう。オレは……本当に幸せな環境に身を置けてるんだな………』
そう呟く男性はそのまま黙ってしまう。
雰囲気が変わったことを彼女は敏感に察して、男性が話し出すまでしばし沈黙を共有することにした。
そして彼が終わりを告げた。
『来年の暖かくなるぐらいの時期に、オレはアイちゃんと離れようかと考えてる』
幸せな気持ちから一転する。
言葉は認識できても心で意味を理解したくない彼女の頭の中には正確に情報が伝わらなかった。
「……え?」
聞き間違いではないか、言い間違いではないかという希望を含めて問い返す。
しかし男性は同じコトバをゆっくりと繰り返した。
そして彼は言う、転生することで一緒に居られなくなること、二度と会えなくなるかもしれないこと、どんなに遠く離れていても幸せを願っていると。
善神ゼフィリアに聞いていた魂を別つ方法を行うのだと。
『大事なことなんだ、これはしなくてはいけないことなんだよ』
別れる悲しみを堪えて彼は告げる。
だが動揺した心、混乱した頭で聞くアイはソレを受け入れたくないがために―――感情が爆発した。
「なんでなの?わたしは困らないよ?
ねぇ、さっき一番大事って言ってくれたじゃない。なんで!?」
『ごめん、ごめんね。本当はもっと早く言うべきだったんだ』
「そんなこと聞きたいんじゃない!!」
『っ!』
「分かってるでしょ、先生だもんね!
わたしのこと一番良く分かってくれてるはずでしょ!ねえっ!」
精一杯の声で、目に大粒の涙を溜めながら、目には見えない彼を怒る。
振り切れた感情は簡単には収まらない。
声が擦り切れても彼を責める、涙で前が見えなくなっても睨みつける、全身で怒りをぶつける。
彼はその間、謝り受け入れ続ける。
彼女の心を傷つけてしまったのは分かるから。
肉体があれば抱きしめて上げられるのにと考えれば、それはただの自己満足ではないのかと自己嫌悪に陥る。
そのうち彼女は疲れ始め、声も小さくなってくる。
「なんでいまさら、どうしていまなの、もっとはやく………いってよ」
彼女だって分かってた。
善神ゼフィリアの話しを一緒に聞いていたから。
でも理由までは知らない、なぜ男性がいまになっていうのかを、聞いていない。
彼に肉体があれば殴っていただろう、縋り付いていただろう、抱き着いていたかもしれない。
そもそも、想いの内を早くから伝えていたのかもしれない。
だから決断した。
震える心に寄り添うように両手を胸の前で合わせ、赤い瞳を潤ませ溢れ出た雫を目の端からこぼす。
喜び、楽しみ、悩み、苦しんで、精一杯育んできた想いを小さな唇から告げる。
「わたしは貴方のことが、ジロウのことが、好きなんだよ」
彼女は彼を呼び止める最後の手札を切った。