Part.10 少女の変化と異世界魔法
アイは変わっていった。
早くに気が付く者は彼女の誕生日より数日前からだと。
大きな変化としては髪を伸ばし始めたこと。
行動の変化は良く宿の、それも母親の手伝いを率先して行うようになったこと。
祖父へ冒険譚を聞きに行く以外に誰にも知られていない行動が1つ増えた。
男性から異世界魔法を学ぶことだった。
最初は話しを聞いてくれるだけで満足していた男性は、学びたいという彼女に非常に喜んだ。
しかしこの《世界》では精霊、あるいは幻獣と契約することでその力の一端を借り受けて行使するもので、異世界魔法を異例的に使える男性は考え方のみを伝授することにした。
彼女は異世界魔法が使えないこと残念そうにするも、男性からの教えを必死に覚えていこうとする。
『この《世界》の理術と、オレが疑似的に使う異世界魔法では大きな違いがあり、まずはそこから理解していって貰おう』
「はい、先生」
『その先生というのは懐かしいな、向こうでもよく言われていたものだよ。多少意味合いは変わっているけどね』
「そうなのですか」
どういう意味か分からず首を傾げる。
男性は細かいことだから気にしないでいいと伝え、話を進めていった。
『敬語なんて使わなくてもいいよ、アイちゃんとオレとの間柄だろう?』
「うーん、先生がそういうなら…」
『そうそう、先生の言うことは聞かないとね』
いつの間にか無くなったクマのぬいぐるみの代わりに、イヌのぬいぐるみを前に置いて話していく。
『オレの魔法は様々な精霊に、同時にお願いすることで行使していることだ。本来なら身の内の魔力を知識で表に固定化し、対象にぶつけることでこのように変化しろと、定めた現象を引き起こせるようにしたものなんだ』
「先生、最初から訳が分からないよ……」
頭を抱えてうんうん唸る彼女は、情けない表情でぬいぐるみを見る。
『ははは、簡単に言ってしまえば精霊ができることは理術でもできる。でも水の精霊がお湯を作ろうとしても熱という概念を持たないために作ることができないが、火の精霊にも協力して貰えば水を沸騰させてお湯を作ることができるんだ。これが”いま”オレの使っている魔法だよ』
「なるほど、それなら良く分かる!
…あれ、でもそれって理術でも水の精霊さんと火の精霊さんに別々にお願いしても、お湯を作れるよね」
『良い質問だ、アイくん』
男性は嬉しそうな声を上げ、風で彼女の頭をふわりと撫でる。
「えへへ」
満足そうにする彼女を一通り眺めて先ほどの質問に答えていく。
『ここで重要になるのが、どの段階で協力して貰うかだ。アイちゃんの言うように水を出してそのあと火を使えば同じことができる。
うん、その通りだ。ただそれには他にやらなくてはいけないことがある、分かるかい』
「え、やること…お水を出して温めて…ええ、やることなんてあるの」
『ちょっと難しかったかな、普段アイちゃんがお母さんのお手伝いで料理をする時に水に直接火を掛けたりするかい』
アイはその時の状況を思い浮かべてみる。
蛇口を捻り、鍋に水を貯め、コンロに置く、そしてつまみを回して…。
「……あれ」
途中で違和感を覚えると、何が違和感なのかを考え始める。
異世界魔法は精霊に同時にお願いすることで、お湯を作り出す。
理術は精霊にそれぞれお願いして、水からお湯に変化させる。
「あ、分かった。水を貯める必要があるんだ!」
『良く分かったね、偉いぞ』
またも風で彼女の頭を撫でる。
『アイちゃんが考えた通りまず水を出して、それを貯める器が必要なんだ』
「そっか、魔法はそれが要らないんだね」
『だからまず精霊へ同時にお願いできるようにならないとダメなんだよ』
「理術では同時にお願いができないの?」
『そもそもの考え方が違うからね。いまの理術は”その精霊が”できることを行使することだから、精霊同士を協力させることはまた違うのさ』
また難しい話に成り始めたと感じたアイは、これ以上ついていく自信が今はないのでそのままスルーすることにした。
『では今日はこの辺で終わろうか。明日も朝一番からお母さんのお手伝いをするのだろう』
「うん、明日は一緒に朝食を作るの、しっかり見ててね!」
『ああ、分かってる。ちゃんと見守っているよ』
「うん!おやすみ、せーんせい」
『おやすみ、アイちゃん』
今日も夜遅くまで魔法について聞いて満足した顔で眠る。
この時間を楽しみにしているのは、アイだけではなく男性も同じ思いである。
もう自分しか使えない異世界魔法。
例え使えなくてもそれに興味を持ってくれるのは嬉しいものだった。
理術を扱う者が聞けばこれまでの理論を覆す内容を話していたのだとしても。
精霊を同時に行使することは出来ないはずなのに、男性は同時にできるという。
男性はその意味を教えはしなかった。