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五 夜の月

 二人は村のちょっと前まで来た。遠くから見れば小さかったが、いざ来てみれば案外大きいものだ。

 村を囲っている朽ちかけた柵の門には、いかにも強そうな二人の男が剣を手にして見張っている。

 背後からの逆光のせいか、まだ、こちらには気付いていないようだった。


 やがて、門の前に辿り着くと、門番が剣を突き出して睨み付けてきた。

 その目は、恐ろしい程に冷たい目だったが、千怒ほどでは無かった。

 豪は短槍を捨てて敵意は無いことを示すと、ここに一晩泊めてくれと申し出た。

 しかし、門番は困ったようにお互いの顔を見合わせる。

 やがて、一人が疑うようにこちらに目を向ける。


「お前、何者だ。旅人なら、悪いがここには入れない」


 冷たい風が頬を拭うのを感じる。

 こんな草原に身を放り出しては、凍え死ぬだろう。


 その時、豪の脳裏に一瞬、実力行使でこの門番をめちゃくちゃに打ち倒してしまえば良いとの考えが浮かんだ。

 それがとてつもない愚かなものだと気付くと、こんな考えを持ってしまった自分がとても滑稽に思えた。

 それと同時に、それを愚かだと思える自分を褒めた。


 もしも、人を救う誓いを立てて無かったら、人の心を欲してなかったら、この男は門番を殺していたのかもしれない。


「そんな事言わずにさ、少しでも泊まらせてくれないかい? 朝には出ていくからさ」


 煌卑の猫なで声が豪の頭に響いた。

 その声の主の方を見てみると、いかにも困ったような顔をして頼み込んでいる。

 少し戸惑ったが、それでも駄目だという門番は断る。

 当たり前だ。見ず知らずの赤の他人を泊まらせてくれる所なんて、そんなに無い。


 二人とも世間知らずだったのだろう。

 奴隷に妖狐。どちらも人の生活を知らないので、そこら辺については非常識だ。


 豪は門番を理不尽だと思い、諦めて何処かで野宿しようと考える。


 その時、急に煌卑が服を脱ぎ出した。

 やがて、肩まで露出すると、傷一つ無い美しい体を見せ付ける。──色仕掛けだ。

 豪はそれを横目で見る。豪にとっては初めて見る女の裸だったが、何故か欲情はしなかった。

 しかし、門番は別だ。

 彼らは飢えた狼のような目をすると、鼻の下を伸ばしきる。

 さっきの門番としての威圧感はどこへやら、だらしない男に成り下がっていた。


「どうだい? 私達を泊めてくれたら、お礼はするよ?」


 甘ったるい声で(ささや)くと、門番達はにやけ面を表に出す。

 やがて、門番達が何かを話し合ったかと思うと、その中の一人が、付いてこいと二人に言い放つ。


(女とは、便利なものだ)


 豪は心の中で呟くと、煌卑の方を見る。

 煌卑はただ、勝ち誇ったような顔をして、豪に微笑んだ。



 やがて、二人は、村のはずれにある、ぼろっちい家に案内された。

 朽ちた床は、歩く度にぎいぎいと嫌な音をたて、薄暗い部屋は、一本の蝋燭に、頼りにならない明かりが灯されているだけだった。

 外の風とは打って変わって、生臭く、生温い空気が二人を包む。

 とても、気分が良くなるものでは無かった。


「ここが、お前らの部屋だ。就寝後、直ちに出ていくように。……それと」


 門番は卑しい目を煌卑に向ける。

 煌卑が短くため息をつくと、愛想笑いを浮かべて、彼に擦り寄った。

 豪は、煌卑の心配など一つもしていなかった。仮にも妖狐だ。その気になれば、簡単に一網打尽に出来るだろう。それに──

 煌卑の目に浮かんでいたのは、今から何をされるか解らないのに、まるで獲物を仕留める瞬間の狼のような、余裕の光だったからだ。



 煌卑とはそれっきり。外はもう、月の光だけが支配していた。


(……この世界にも、月はあるんだな)


 部屋の角に寝転びながら、豪は窓を見て思う。

 部屋の角で寝る事も、その最中に月を見上げる事も、奴隷生活の名残だ。

 豪にとっては、争って生き残った後、夜にぼんやりと光る月を見上げる事だけが、唯一の癒しだった。


(そもそも、この世界は日本と、さほど変わらないな)


 夜風に揺れる草原に、獣の遠吠えが木霊するのを聴いて豪はそう思った。

 月に太陽。人の姿に、空と地。

 豪は気付かなかったが、気温や重力もほぼ同じ。ましてや、言語まで似ていた。

 元居た世界に、妖術やらを乗っけたみたいなだけだ。イヤ、それだけでも文化は違うのだろうが。

 とにかく、自然に関しては瓜二つだった。


(となると、やはり、居るんだろうな。俺みたいな奴隷が)


 豪は瞼を閉じてそう思う。

 腹の底が熱くなるのを感じる。どの世界でも一緒なのか。そう思うと、人間をとても哀れに思えた。

 やがて、右手を握りしめて強くこう思った。


(だったら、俺が全部救わなきゃな……)


 深い決意を抱くと、やがて、豪は、深い眠りについた。



 チュンチュンと鳥が鳴く。草原はまた、青々とした色を取り戻した。

 夜の冷たさとは打って変わって、ぽかぽかと太陽が暖かくしてくれている。

 そして、柱がきしむ音に、豪は起こされた。


 その夜は、本当に心地よい眠りだった。ぼろい家だとしても、石の床よりは何倍もマシだ。

 誰にも邪魔されずにゆっくりと、日の光を浴びて起きることが出来るのは本当に久しぶりだった。

 そのお陰か、今日は随分と気分が良い。体の真ん中から元気が湧いてくるようだ。


 突然、人の声がぼやけた頭に無理矢理流れ込んだ。


「や、起きたかい。私の事が心配で心配で眠れてなかったかと思ってたけど、随分と寝ていたね」


 声のする方を見る。まだ焦点が合わなかったが、煌卑だと言う事は判った。


「煌卑か。……心配する必要もないだろう。お前なら」


 そう言われて、煌卑は少しむすっと不機嫌になる。


「私だって、心配の一つや二つはして欲しいんだけどさ……。まあ、門番達は、部屋に着くなり何故か突然、眠ってしまったんだけどね。いやあ、お礼が出来なくて残念だったな」


 途中からわざとらしく言うと、煌卑は少しにやついた。


「それに、あいつらの囮になってやったんだい。ほれ、感謝の一つでもしてみるんだね」


「……残念ながら感謝なんてされた事無ぇから、仕方なんて解らないな」


 豪は、少し笑った。


 すっかり頭が冴えてきた時、突然、腹の音がこの部屋に響いた。豪の腹からだ。

 それを聞いて、煌卑は失笑する。

 しばらく煌卑の笑い声が場を制した後、笑いながら豪にこう言った。


「よし、とりあえずはこの村から出て、薄春森(ぼはるもり)に行こう。そこに、私の知ってる村があるんだ。そこなら安全だよ。勿論、腹ごしらえも出来るしね」


「ほう、それは良いな」


 豪は頷くと、早速、短槍を担いで準備を整え始めた。

 よほど腹が減っているのか、気が付けば煌卑より先に外へ出掛けようとしていた。

 それを見て、煌卑はとっさに止める。


「出掛ける前に、あんた。その格好で行く気かい?」


 豪は、ぼろ切れの服を見おろす。

 そして、煌卑の方を見ると、いつの間にか煌卑の手に立派な服がぶら下がってあった。

 それを見るや、豪は少しうつむいて、


「……何から何まですまないな」


 と、呟いた。

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