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四 かつての友

 二人は再び青空の下に出た。

 闇の中の息苦しさから開放されると、外の新鮮な空気が体の芯まで入り込んでくる。

 風はすっかり元通りになっていた。

 いつの間にか、汗をかいていたらしく、汗だくの顔がひどく冷たくなった。


 豪は短槍を右手に持ち直す。

 風に音をたててなびく奴隷の服は、所々ボロボロに破れ果てている。

 その中でも、止めにやられたのだろう。肩から腰にかけての斬り跡が印象的で、当時の悲惨さを物語っていた。


 豪は辺りを見回し、ある事を不自然に思った。

 二人を襲撃したはずの矢の集団が、きれいさっぱり無くなっている。

 その代わりに矢が貫いたであろう穴が、散々に広がっていた。

 煌卑は少し、胸騒ぎがするのを感じた。


 基本、妖術は間接的に人々を傷付ける物だ。

 だから、ここまで直接的な物は極めて珍しい。

 それこそ、妖狐でしか出来ないような芸当だ。

 となれば、この矢の使い手は妖狐である事は、ほぼ確定した。

 そして、煌卑はその妖狐の正体が判ってしまった。


「……豪、急ごう」


 煌卑が強張った顔で呟く。

 豪はその顔を見ずに頷くと、足音をたてて走り出した。


○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○


 妖狐狩りが見える頃には、豪はすっかり疲れ果てていた。

 あれから矢の類いの攻撃は一切無く、順調に進めた事が少し不安だった。

 むしろ、早くこちらに来て欲しかったのか、妖狐狩りは、ちょいちょいと手を振ってこちらを招いていた。


 彼は、背が豪の胸元までしかなかった。

 そのわりに、地面に付きそうなほど長い、純白と淡紅色の交ざった服を三枚くらい着重ねている。

 その姿は十二単を連想させる物だったが、頭をすっぽりと被うフードが和服とは程遠い何かを感じさせた。

 そして、胸には金色の、狐が尾を巻いた様な装飾を施している。


「久しぶりだな、煌卑よ」


 やがて、彼が言葉を放つ。

 頭に響く重い声に、豪は妙な違和感を感じていた。

 体の底で何かが蠢くような……懐かしい声に感じた。

 そんな豪には一切目をくれずに、彼は煌卑との世界に入り込んでいる。


 煌卑は彼を忌まわしそうに見ながら、声を絞り出すようにして言い放つ。


「……やあ、千怒(ちぬ)。なぜ、攻撃をして来たんだい」


「貴様が居なくなってから、我が夜桜の盾(よざくらのたて)の評判はがた落ちさ」


 煌卑の問いを無視して、彼は話を続ける。

 その態度が気に食わないのか、煌卑は拳を強く握る。しかし、攻撃の素振りは見せなかった。

 千怒はその怒りに気付いたのか、けらけらと笑った。


「なんだ、逆怨みか? 攻撃されても、貴様なら生き残れるだろう? 単なるおちゃめだよ」


 その返答を聞いて、煌卑は鼻で笑った。

 豪を指差すと、千怒がようやく気付いたのか豪の方を見る。


「残念ながら、こいつ、豪が死んだんだよ。……私がよみがえらせたけども」


 良く見えないのか、千怒がフードを取る。

 すると、おびただしい程の傷だらけの醜い顔が姿を表した。

 醜いが、しかし、一度見れば決して忘れられないような力を帯びる顔でもあった。


 豪も多少なりとも傷はあるが、それを余裕で上回る傷の数。

 ──俺以上の壮絶な人生を送ったに違いない。

 そう豪は思い、千怒の目を見つめると、ぞわっと鳥肌がたった。……冷徹な目。

 初めてだ、こんな恐ろしさは。生きた心地がしない。

 心臓を冷たい手で鷲掴みにされた様な、そんな気分だ。

 思わず握る短槍に力が入る。


 それに気が触れたのか、急に千怒が脇腹へ蹴りを入れてきた。

 とっさに、それを、短槍で弾く。

 しんとした静寂に、痛々しい音だけが響いて消えた。

 かなりの強い力だと解った。腕がピリピリとする。

 これを喰らっていたらどうなったのか、考えるだけでも恐ろしかった。


「何をしているのさ! ……また殺す気かい?」


 煌卑の一喝で、千怒の敵意はふっと消え失せた。

 やがて、豪の方を見下ろすと、一礼する。


「豪とやらよ、すまなかったな。……中々良い腕だ」


 豪は何も言わず、礼を返した。

 いつの間にか汗をびっしょりかいていたらしい。汗に濡れた背中が風に吹かれて冷たかった。

 二人が顔を上げると、千怒は煌卑の方へ向かう。

 そして、煌卑の肩に手を置くと、千怒はこう耳元で囁いた。


「いずれ、貴様を連れ戻しに来る」


 そう言われた瞬間、煌卑の目が見開いた。

 すぐさま千怒から離れると、じっと千怒の目を睨み付ける。

 千怒はにやっと笑うと、フードを被り直して、草原の向こうへと歩き始める。

 やがて、点になり、見えなくなった。


 ──しばらく、煌卑の頭の中には千怒の言葉が繰り返されていた。


○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○


 気付いた頃には、日はもう暮れかかっていた。

 青々とした草原が今や、どこまでも夕焼けの色を映し出している。

 それを踏みつけながら、二人は限り無い草原を歩いていた。


 千怒とやらに出会った頃から煌卑の気分が低く、変なちょっかいはおろか、一言も喋らずにかなりの時が経つ。

 それもそのはず。豪自身も今まで体感した事が無い、恐ろしい気分を味わったのだから。

 あんなのと目を合わせれば、こうなるのも仕方がない。


 千怒の事について、豪は訊いてみたかったが、煌卑の気分がまともに受け答え出来る状況では無かったので、後で訊こうと思った。


 しかし──


(……黙っていれば、中々の美人だな)


 豪は横目で煌卑を見下ろしながら、こう思った。

 夕焼け色に染まるその顔は、煌卑の気分の低さもあってか、かなりの哀愁が漂っていた。


 やがて、草原の奥にぽつんと一つの村が見える。

 豪は、妖狐狩りに見つかるとまずいと思い、その村を避けて通ろうとしたが、煌卑があの村に入ろうと言ってきた。


「あんた、その格好だと耐久面に問題があるだろう。それに、目立つ。まともなのを作ってあげるから、妖狐狩りが居るのを承知で、ひとまずあそこで休ませてもらおう」


 豪は客観的に自分を見る。

 奴隷生活で麻痺していたが、このボロボロの布切れは確かにおかしい。

 大人しく煌卑の言う通りに、あの村へと豪は向かう事に決めた。


 黄昏時に二人の影は、どこまでも、どこまでも伸びきっていた。

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