第94話 両親からのプレゼント
「だああああぁぁぁッ!!!」
全身全霊の力で剣を振るうクロエは、直撃コースの一撃を全てヒューモラスの魔甲障壁によって弾かれ、攻撃を与えられずにいた。
「なんでッ! マジックブレイカーを使ってるのに......!」
「おや、単純な話ですよ。私とあなたの実力があまりにも離れすぎている、たったこれだけの話です」
涼しい表情で放たれた言葉は、しかし事実でもあった。この魔導師は本当に強い、聖導一等騎士のヘルメスをして洗脳できてしまうのだから。
「あともう一つ申し上げておくと、あなたの剣は――」
眼前からヒューモラスが消える。魔力探知で探したが、分かる筈もなし。何故なら......。
「酷くキレが甘いのですよ」
魔法に頼らない身体能力のみの肉薄だった。
間合いを一瞬で詰められたクロエは、両腕を前にやりガードの姿勢を取るが、膨張した筋肉に飾られた拳は、ガードをすり抜け彼女のみぞおちへ突き刺さった。
「ガッ!!!?」
視界が一瞬暗転、吹っ飛んだクロエは広間を構成する壁に全身を打ち付けた。石レンガが吹き飛び、粉塵が激しく舞い上がる。
「クロエさんっ!」
「人の心配をしている場合ですか? 油断すれば愛しのお兄様に斬られますよ。まあ、あの黒髪の騎士を殺したら次はあなたの番ですがね。せいぜい粘ってください」
洗脳下に置かれたヘルメスが、再びフィリアへ斬り掛かる。
目を薄く開けたクロエは、一部崩落した壁にもたれながら激痛の中で問答する。
――私に足りないもの......、分からない。なんなんだろう、でも、何か引っかかる。
前へ踏み出す。彼女にはそれしか無かった。
「だああっ!! はああああ!!!!!」
だが繰り出される一閃は掠りすらせず、空振りを連発するばかり。返ってくるのは魔導師とは名ばかりの重い物理攻撃。
「剣を闇雲に振るうだけですか......、税金の無駄遣いですね!」
刃を掴まれたクロエの剣は、その剛腕に握り潰される。
幾多の戦いに耐え抜いた武器の呆気ない最後、並行して彼女の腹部には巨石も砕く一撃がめり込んだ。
「......ゲホッッ!?」
口元を鮮血が伝い、床へ溢れ落ちた。
「さようなら、お父上の下へおいきなさい」
突き刺さった拳から吹き出したのは膨大な魔力、高出力で押し出された魔甲障壁を食らい、再び壁面へ突っ込む。
瓦礫が大きな音を立てて崩れ落ち、広範囲が衝撃で崩落した。
「ガッはッ!?」
意識を保つことさえ困難な痛み、吐き出した血はクロエの受けたダメージがいかに深刻かを語っていた。
「内蔵を破壊しました、胃はもう食事を消化することすらできないでしょう。ほっとけば死にますよ」
生まれて初めての走馬灯、ティナとの出会いから騎士候補生過程、アクエリアス争乱。
あらゆる記憶が巡る中、一人の魔導師との会話が過ぎった。
『黒髪ちゃんはどうも剣が向いてねえな、騎士候補生の時も剣使ってなかっただろ? 案外、拳の方が向いてるのかもな』
王国軍魔導師、バーネット・ブラウン。幽霊騒動前に言われたことだった。
「おや?」
ヒューモラスは、目の前の光景が信じられなかった。砂塵が晴れる中、黒髪の騎士は砕けた剣を捨てて立ったのだ。
「武器はもう無い......、でも、お前を倒す方法は一つだけある」
「バカな!? なぜ動ける!?」
満身創痍の体に鞭打ち、クロエは踏み出した。
「お母さんから貰ったこの体と......! お父さんから貰った能力で、お前を倒すッ!!!」
半長靴で床を思い切り蹴り、一瞬で距離を詰めたクロエは、剣撃よりも鋭く、強烈な打撃をヒューモラスへと叩き込んだ。
「ぬゔっ......あああ!!?」
想定外の一撃に悶えるヒューモラス、その拳は、小さくも想像を超える力を宿していた。
別の連載作品とギャップがありすぎて苦戦