第90話 油断と誤算
王国軍の大規模一斉攻撃を防ぎ切り、勝利を確信していたエルミナは、その油断が招いた深刻なダメージに思わず下唇を噛んでいた。
「魔甲障壁が一時的にせよ破られるなんて......、今の状況は?」
「障壁はすぐにでも再構築可能、だけど少数の王国軍騎士を中に入れてしまった」
淡々とした姉の報告に、エルミナは光沢ある床を踏み付けながら叫ぶ。
「ヒューモラス! 全てのファントムを迎撃に向かわせて!! それから、牢に入れてるあの騎士を一刻も早くここへ連れてきなさい」
侵入してきた奴らの目的の一つには、あの金髪騎士の救出も含まれているだろう。ちょうど目も覚ましたらしいので、先程ファントムへ連れてくるよう言ったのが幸いだった。
が、ファントムを操るヒューモラスの顔はどこか憚られる様子だ。
「実はさっき牢獄へ向かったファントムの反応が突然消えましてね、どうも何者かに倒された可能性があります」
は? っと無意識にエルミナの口から言葉が漏れる。
ありえない、ありえる筈がない。彼女はロンドニアで完膚無きまでに痛めつけ、しっかり手錠まで付けていた。
武器も無しに勝てるわけが......。
そこまで考え、エルミナはもう一つの結論。思考すら放棄したくなる愚かなミスに気が付く。
「プレアデスの中に......別の騎士が紛れ込んでいた?」
起動前のプレアデスなら外部からの侵入も可能、隠し場所のエルキア山脈には王国軍部隊がいくつも展開していたし、そのどれかが何らかの拍子で見つけてしまったというのも、ありえない話ではないのだ。
だとすれば、牢獄エリアでファントムが倒されたのにも納得がいく。最悪、救出すらされてしまっているかしれない
そんな彼女を追撃するかのように、上層から激しい轟音が立て続けに響き渡った。
「どうやら、侵入してきた騎士は本気で我々を倒すつもりらしいですね」
迎撃に行った数十を超えるファントムの反応が、根こそぎ消滅した事実を伝える。
敵が攻めてきたのならば、迎え撃たなければならない。雑兵で倒せぬなら、自らを最上の駒として王国への侵入者を迎え撃とう。
理想を勝ち取るためならば、それもまた道理だと、エルミナは全身の血と魔力をたぎらせた。