第89話 進攻阻止作戦
防衛ラインたる大湿原は、現在おびただしい数の機甲部隊によって一面を埋め尽くされていた。
正面に配置された戦車の総数は八十両以上。これに加え、砲兵軍団が側面に展開し、近海には戦艦二隻と重巡洋艦三隻からなる打撃艦隊が待ち構えていた。
『目標、第一警戒ラインを突破! 魔導大隊による炸裂魔法、全弾命中するも、効果を認めず!』
前線指揮所にある通信機から飾り気を排した声が響く。
王国軍は、攻撃開始ラインを西にせり立つ標高の低い小山、そして湿原と二つに分けていた。
だが、たった今その内の一つである小山が突破された。配置されていたのは一個魔導大隊。威力偵察の意味合いが大きいが、傷の一つも付けられなかったとなると厳しい戦いが予想される。
『戦車大隊、射撃を開始せよ、繰り返す、射撃開始』
前線指揮所で戦闘団長たる第一騎士連隊長が、各戦車大隊長に命令を出す。戦車大隊長は速やかにその命令を指揮下の中隊へ送ると、統率の取れた戦車部隊は整然と命令を実行に移す。
湿原に布陣したアルテマ戦闘団は、とうとう視界に入った古代兵器プレアデスへ向かって、その砲塔を向けた。
「対魔甲戦闘、目標正面プレアデス、弾種変更徹甲、各中隊、射撃始め――――撃てッ!!!」
大気を殴るかのような爆音が大地を揺らし、湿原は砲塔から噴き出た発射炎によって眩く照らされる。その轟音は、なんと王都にまで届く程であった。
演習では模擬の城壁をアッサリ貫通し、同種の戦車なら容易く破壊出来る『七五式魔導戦車』の76ミリ徹甲弾は、ガガガンっと甲高い衝突音を伴って魔甲障壁に正面から激突した。
『全弾命中! 各車自由発砲!』
地響きが湿原を走り続ける。サソリのような外見を持つプレアデスを覆う魔甲障壁に、徹甲弾はその質量、速度をもって雨が如き弾幕を叩きつける。
『砲兵部隊に連絡、大隊効力射、射撃開始!!』
戦車部隊の側面に展開した王国第一○三砲兵軍団が、長く重厚な砲身を上に向け、町一つひっくり返すという火砲の制圧射撃を始めた。
「五、四、三、ニ、......インパクト!!!」
爆発のエネルギーと、炸裂した砲弾による破片は圧倒的な面攻撃となり、魔甲障壁を上から圧迫した。
王国東方方面軍の総力戦とも言えるこれに、さすがの古代兵器も滅せると思われたが......。
『――セリカ•スチュアート一士、どうだ? 目視による損害は確認出来たか?』
戦車内にルクレールニ曹の、不機嫌さを混ぜ合わせたような声が走る。
「信じられないっスね、徹甲弾も榴弾砲も全部弾かれたようです。目標は健在、これ以上撃っても通じるかどうか......」
『ちッ! やはり例の固有スキルが無ければ貫通は厳しいか、一分後の艦砲射撃に期待するとしよう』
近海を航行する、二隻の戦艦と三隻の重巡洋艦からなる王国海軍第四打撃群は、重々しくその主砲を陸地へと突き付けた。
艦隊は第一戦速で攻撃位置へ進むと、右舷陸地を闊歩するプレアデスへ、対地支援射撃を敢行する。
36.5センチ徹甲榴弾、次いで20.5センチ徹甲榴弾が雷のような爆音と共に撃ち出され、音速を超えて魔甲障壁へと激突した。
雄大な湿原は一瞬で吹き飛び、降り注ぐ砲弾によって瞬く間に耕かされた。
黒煙に包まれたプレアデスを確認しようと、各人が目を凝らした時――――それは起こった。
煙を突き破り、プレアデスの主武装たる『爆裂魔法発射機』が一斉に火を吹いたのだ。
『全車退避! 全速後退!!』
戦車大隊はすぐさま回避を行うが、間に合わず効力射によって被害を被る車両が出てしまう。
セリカの乗る戦車も例外ではなく、魔法の範囲内に居たため爆風をモロに受けた。
履帯が外れ、激しい衝撃に狭い車内で乗員は体中を強打。走行不能へと陥った。
『全員無事か!?』
ルクレールニ曹が叫ぶ。
操縦手、装填手、最後に砲手が健在の報告を返した。
「いった〜......、全身アザだらけっス。砲塔は――なんとか動きます」
額から鮮血を流しながら、セリカは照準越しに悠々と歩くプレアデスを睨みつけた。作戦第一段階、通常戦力による撃破は完全に失敗した。
だが、諦めの色はまだ王国軍に無い。何故なら、第二段階『特殊戦力到着までの時間稼ぎ』を、彼らは完璧にやり遂げていたからだ。
「後は頼みます、皆さん――」
直後、天上より降った紫色の光が隕石のような格好で魔甲障壁へぶつかった。
あらゆる魔法を無力化するそれは、砲弾をことごとく弾き返した魔甲障壁を......瞬間的に叩き砕いたのだ。
作戦第三段階、特殊遊撃小隊による突入作戦の一端が開かれた。
