第86話 第八戦車大隊VSゴブリン群
大地を揺らす地鳴りのような走行音が湿原を包み、灰色の巨大な体躯はまるで象を彷彿とさせる。
王国陸軍第八戦車大隊は、プレアデス迎撃ゾーンへ向けて進軍していた。
その様子を、稜線越しに眺めていたのは百を超えるゴブリンの群れ。プレアデスによって狩場を追い出された彼らは、王都からの避難民を見つけた。
しかし、そこへ突然現れた鉄の象の大群によってはばかられている。群れのリーダーは悩んだ、悩むことが出来る程度の脳みそを使って出た結論は――。
『横取りされる前に奇襲して追い払う』
っというものだった......。
彼らは不幸にも稜線から飛び出してしまう。それが蹂躙の序曲、未知の狂想曲によって破滅する未来だとは知らずに。
◇
『前方に敵対生物群、目視総数は百以上、こちらへ向かってきます』
左翼を担当する中隊から通信が響いた。
戦車の内部で、"百以上"という数に僅かなどよめきが発生するも、乗員はすぐに落ち着きを取り戻す。
「小隊長車より大隊長車、先程の避難民がまだ近くに居ます。攻撃の許可を頂きたい」
セリカが砲手を勤める戦車の長、ルクレールニ曹が意見具申する。程なくして、好意的な返事は車内通信機によって送られてきた。
『前方集団を敵性と認識する。距離六百まで接近次第、左翼中隊は機銃掃射でこれを蹴散らしてやれ』
初の実戦で興奮しているのか、大隊長の声に抑揚がある。戦車乗りには血の気が多いと聞くが、彼もきっとその口だろう。
照準を通すと、棍棒や弓を手に威勢よく突っ込んでくるゴブリンの姿が見えた。
この戦車には、砲塔同軸に7.62ミリ魔導機関銃と、上部でガンナーが操作する12.7ミリ魔導重機関銃が備わっている。
左翼担当の中隊、二十両がこれを斉射すれば、結果はそう――。
「二十二号から四十四号車、目標前方ゴブリン群、機銃、撃ち方始め!!」
一方的な戦闘。
形成された蒼の魔弾による雨は、前衛のゴブリン集団を瞬く間に、紙切れのように引き裂いた。無数の弾着煙が巻き上げられ、ゴブリンはその数を一瞬で四十以下にまで激減させる。
理解を超えた攻撃を受け、恐慌状態に陥った群れのリーダーは撤退を決意したのか、弓を用いた攻撃でこちらを遅滞しようとしながら、稜線の向こうを目指す。
無論、堅牢な走行で覆われた戦車が弓で損害を被ることなどありえず、カンカンとノックするだけに終わった。
『全車停止せよ、登りきる前に殲滅する。対榴装填』
それまで進軍していた大量の鉄の塊が突如として止まったのだから、ゴブリンはさぞ不思議に思っただろう。
だが、彼らは知る由もない。戦車という兵器は、その主武装を使う際止まらなければまともに当たらないことを。
「目標、正面ゴブリン残党! 弾種対榴! 中隊集中――撃てッ!!!」
複数の轟音が湿原を走った。長く伸びた76ミリ砲塔から火炎と共に撃ち出された対戦車榴弾は、リーダー統率の下、稜線を登っていたゴブリン群を爆炎に葬る。
見上げる程の黒煙が立ち昇り、抵抗は完全に消失した。
「上出来だ! まずはゴブリンの撃破エンブレムをゲットしたな」
ルクレール戦車長は、早速積み上がった武勲に上機嫌だ。
そして、第八戦車大隊は再び前進を開始、本命であるプレアデス迎撃ゾーンを目指す。