第85話 待ちわびた瞬間
ドス黒い曇天が小雨を降らす中、《七五式魔導戦車》はぬかるんだ補給所の敷地を壁でも築くかのように並べられていた。
その数は四十両を超えており、分厚い装甲と無限機動を可能とするキャタピラに加え、強力な七六ミリ砲が一層の威圧感を周囲に撒き散らす。
「対戦車榴弾、並びに徹甲弾の積み込み完了。車載魔導機関銃も問題ありません。......いよいよですね」
自車の準備完了を聞いた戦車長、ルクレール二等騎曹は、初めての実戦に緊張した面持ちで唾を飲む装填手に「了解した」と頷く。
彼ら第八戦車大隊は、今回のプレアデス侵攻阻止作戦が初出撃だった。演習でこそ最優を誇ってはいるが、訓練と実戦は全く違う。
皆が皆、それを一様に理解しているからか、場の空気は何とも重苦しいのである。
「緊張は良い事だが、お前は少し深呼吸でもしてリラックスしたらどうだ?」
「二曹は豪胆ですね......、でも確かにその通りです。出撃まではそう努めます」
装填手がハッチから車内へ入るのを見届けると、ルクレールは戦車にもたれ掛かった茶髪の容姿端麗な砲手に、車上から呼び掛けた。
「スチュアート一士、お前も緊張し過ぎてねえだろうな?」
普段こそ怒鳴りまくる血の気の多い上官に、セリカは鉄帽を右腕に抱きながらゆっくりと答える。
「まさか、ただ......ちょっと思い出してたんですよ」
セリカは思い浮かべた。まだ自分が騎士候補生という卵だった頃。湯舟でお湯を頭からかぶせられたことがキッカケで出会った三人の同期に、想いと信念を話したあの日のことを。
「以前、ある三人の同期に志願理由を話したんです。"国の力になりたくて戦車乗りを目指す"って。親に言ったら猛反対されましたが......」
セリカは続ける。
「でも、あの人達は笑いもせず、背中を押してくれました。だからですかね......その時思ったんです」
聴き入るニ曹の方を向き、セリカは無邪気な笑顔を見せた。
「あの人達がピンチになったら、絶対に助けるんだって」
最適なコンディションを、部下はしっかり保っているのを確認出来た。直後に、周りの騎士が次々と自分の戦車へ乗り込んでいく。
遂に始まるらしい。
「スチュアート一士、話の続きは帰ってから聞こう。時間だ」
重い鉄帽をセリカは深くかぶると、その流麗な足で泥の上を半長靴で歩み出す。
――ティナさん、クロエさん、フィリアさん。お待たせしてすみません。
ハッチを開けて車内に入ると、慣れ親しんだ鉄の香りが鼻を突いた。
狭い中、セリカは自身の持ち場である砲手席に座る。
『運転よーい......始めッ!!』
一個大隊規模の戦車が一斉にエンジンをふかし、周囲の空気ごとその音で揺さぶり始めた。
――前はただ、感嘆するしかなかったっスけど......。
『大隊長車より各車へ、これより我々は全く未知の敵を相手にする。彼のものは強大であり、当初の予想よりも侵攻が早いとの事だ』
車載通信機から響く声が、けたたましいエンジン音を割って入る。
「計画していた障壁無力化の陽動は間に合わない。だが今こそ示してほしい! 君達が積んだ訓練は......この日のためにあったのだ!!」
大隊長の鼓舞が終わると同時、作戦は開始された。
『戦車前進!!』
軽い地鳴りを轟かせながら、第八戦車大隊は端から順に発進。その光景は圧巻の一言であった。
「戦車前進ッ!!」
ルクレール戦車長の命令が下ると、セリカの乗る戦車も唸りを上げて泥をひっくり返していく。
「古代兵器撃破マークは俺達の車両が頂く、演習の十倍は本気出すぞ!」
「「「了解ッ!!!」」」
――やっと一緒に戦えます!!。