第82話 ストラスフィア王国侵攻
リアルの安全保障情勢がががが......。
そこは玉座の間にしては風化した、しかし光沢のある広い空間。
良く言えば情緒ある雰囲気を醸し出す部屋の中心で、エルミナは不機嫌そうに椅子へと腰掛けていた。
ここはプラエドルが本拠地、その中心部。
十年近く発見されていないここは、エルキア山脈の内部に位置し、拠点を青白く照らすのは市販の魔道具とマナクリスタルだ。
「――それでヒューモラス、状況はどうなってるの?」
ロンドニアで王国軍騎士と交戦した際、聖属性魔法の掛かった血を飲んでしまい、一時意識を失っていた彼女は目の前で佇むローブ男に視線を向けた。
「計画の方は最終段階に入りましたよ。別働隊も即応態勢、あとはアクエリアスにて奪った『ルナクリスタル』を使い、ここの起動を行うのみです。それと......」
ヒューモラスは不気味な表情をフードから覗かせる。
「マルドーが冒険者によって捕縛されたようです、まあ元々捨て駒でしたし大した影響は無いかと。それから、あなたが交戦した金髪の女性騎士は現在捕虜として牢に入れています」
傍目で見てもエルミナを包む空気が変わった。
「捕虜? 何故そのまま殺さない?」
「情報を聞き出そうと思いましてね、ですが......」
これ以上は言いにくいのか、彼は目線でアルミナに続きを振る。
「あなたが痛め付け過ぎて、下手に尋問を行えば死ぬ可能性がある。今は安静にしておき、回復次第情報を引き出す。生きていれば人質としても使えるから」
初期の戦術目標が彼女らの抹殺だったのが、少し目を離せば捕虜として生かす事になっていた。
結局一人として殺せてもいないので、自身の詰めの甘さが原因とはいえ不満は山ほど出来てしまった。
だが、ここまで来てしまった以上計画は多少の誤差が生じようと進めなければならない。
それが彼女の悲願であり、渇望していた理想の世界へと繋がる鍵だからだ。
「いいわ、捕虜の監視は余ったファントムにやらせなさい。ルナクリスタルのセットは?」
「問題ない」
誰よりも信頼出来る姉からの返事。
やっとここまで来たのだ、プラエドルというとうの昔に滅びた集団を名乗り、王国の目を向けさせ、粛々と兵力を蓄えてきた。
ファントムの量産工場たる霊力集中点の偽装も、敵対生物をヒューモラスが洗脳し大まかな行動を操る事も、全てはこれから行う理想実現の為。
「感慨深いわね、最初に行った実験はアルテマ山でオーガを操って行軍訓練中だった王国軍教導隊にぶつけた時だったかしら」
エルミナは玉座から立ち上がると、アルミナ、ヒューモラス、ヘルメスの順で視界に映す。
そして、はち切れんばかりの声量で叫んだ。
「今日こそが我々の理想王国、その建国記念日である! 我らが血をもって人類国家を滅ぼし、私達は......我が同胞達は再び王の座へと帰り就くのだ!!!」
部屋中が眩しく光を放ち、上昇を示す細かい揺れが山ごと震わせる。
縦に作られた多段式のカタパルトは、以前遺跡に侵入者が入り込んだ時に一段せり上げている。
つまり、今回の計画実行によって、山を隠れ蓑にした悪魔のような戦略兵器は遂にその姿を表す。
「我が国は、この瞬間をもってストラスフィア王国へと宣戦を布告する!! 攻撃目標は工業都市ロンドニア、水上都市アクエリアス、王都アルテマである!!」
――大陸歴七七六年九月二十日。
この日、エルキア山脈頂上を突き破って出て来たのは、漆黒の魔導金属に覆われた蠍のような外見を持つ巨大兵器。
その名をプレアデス、古代王国が造ったといわれる最強の戦略兵器であった――。