第77話 理想と意地
リアルがアホみたいに忙しく、ペースダウンしております。
断末魔の叫びを上げたエルミナは、身の内に入れてしまったものを、火に焼かれるような痛みの中気付いた。
「聖属性魔法!? なん......で、こんな騎士が!?」
魔装が外れていく、吸血鬼である彼女が最も嫌う属性の魔法。
それは、地下ダンジョンでファントムを倒すべく施されたルシアの聖属性付加魔法『ホーリーセイバー』。あの時のものがティナの体内にまだ残留していたのだ。
ロンドニア中に響く悲鳴は、別所で戦っていた者達にも届くこととなる――。
◇
「くっ......なんて強さしてんのよ」
ロンドニア南東地区。
連なる氷原の中央で、未だ無傷のまま立ちはだかるアルミナを相手に、ミーシャとルノは満身創痍で向かい合っていた。
彼女の扱う氷属性魔法は、ミーシャの豪炎すら跳ね除け、竜巻の如しルノの風をもって歯が立てずにいたのだ。
「我々は負けるわけにいかない、理想実現の為ならばどんな障害であろうと破砕しよう」
ブリザードを思わせる寒風が、アルミナの周囲を吹き荒れる。
冷たい魔力の集中を感じたミーシャは、《ストラトアード》に火炎をほとばしらせ石畳を蹴った。
「これで決める! ルノ掩護して!!」
阿吽の呼吸ともいうべきコンビネーションで、ルノは渾身の風魔法によってミーシャを加速させる。発現した猛炎は一太刀振るうと同時にアルミナを一気に飲み込んだ。
「やった!?」
食らえば鉄すら溶かす熱量、これで生きている筈が無かった。
そう、まともに当たってさえいれば――。
「私は思う、人間とはかくも間抜けで希望的な思考しか出来ぬ生物なのだと......」
"真後ろ"からまわされた色白の手が、ミーシャの脇腹を撫でていた。
嘲笑うかのように、そして恐怖を埋め付けながら。
「このぉッッ!!!」
振り向き際に放った剣は、ただの氷柱を見事なほど真っ二つにへし折る。――偽物だった。
「故に思う、国という概念が人間だけのものではないとしたら、迫害されてきた私達吸血鬼でも創造が可能であると」
砕いた氷柱が宙へ浮かび、矢となって全方位から突っ込んでくる。
「さっきから訳の分かんない事をごちゃごちゃと!!」
炎剣で一帯ごと薙ぎ払う。蒸発した氷が煙となって蒸発していった。
「そして今――」
爆炎から悠々と現れたアルミナは、つらら状の氷をミーシャの身体に突き刺した。
「あがッ......!?」
いとも簡単に戦闘服の防護魔法を突破され、蒼色の制服は刺された腹部を中心に血で染め上げられていく。
熱したような激痛が走り、展開していた火炎魔法も徐々に消えていった。
「ミーシャッ!!!!」
ルノはすかさず攻撃魔法を放とうとするが、ミーシャにも当たる可能性が大きく撃てなかった......。
「願望は達成される、あなたもいずれは踏破されゆく噛ませ犬に過ぎ無い。でも今降伏すれば助けてあげる」
自身に刺さった赤いつららをぼうっと見ていたミーシャは、アルミナの顔を睨みつけると――。
「こんな非行に走る娘を見たら......きっと親御さんは泣くでしょうね、あなたの言ってることに中身なんて無い、降伏? ふざけないで......他人の踏み台なんか絶対にお断りよ」
冷静を保っていた吸血鬼の表情が崩れ、ミーシャに刺さるつららをより奥へとねじ込んだ。気の遠くなる痛みに彼女は喘ぐ。
「この期に及んで説教か!? お前はいつから私の親になった!! この犬ごときが......ッ! 犬ごときがあ......ッッ!!!」
長く尖ったつららを何度も前後させ、怒りに任せてミーシャの流麗な身体をえぐるように捻る。
「あぐッあぁ!! うああぁッッ!!!」
体内をグチャグチャにかき回され、鮮血を吐くミーシャ。気を失ってもおかしくない状況下で、彼女は残った力で剣を煌かせる。
振られた一撃は当たりこそしなかったものの、アルミナとの距離を空けた。
しかし、ミーシャの受けたダメージは深刻だった。
急ぎ応急処置を施さなければ、確実に死ぬレベルの重症。『ウインド·フレシェット』で牽制しつつルノは駆け寄った。
「ミーシャ!! ミーシャ!!!」
つららの抜かれた傷口と吐血による出血が酷く、すぐにでも離脱したいが状況は決して許してくれない。
親を殺されたような目つきでこちらを据えるアルミナ、クロエとフィリアに頼んだ増援の気配は無い。
――ここまでか......。
そう思った瞬間だった。
遠くから響いてきた誰かの叫び声、真っ先に反応したのはアルミナだ。
「エルミナ!?」
妹の危機を察知した彼女は、眼前の二人を放置しものの数秒で飛び去ってしまった。状況が整理出来ずにいたルノだが、好機とみて至急ミーシャの止血作業を開始する。
だが止まらない、包帯も無いので制服で代用するが、とても足りていなかった。幼馴染の死に直面しかけたルノは、己の無力さと情けなさを恨む。
どうしようもない現実を前に、もう二度と会えないかもという不安から、いつの間にか大粒の涙が溢れ落ちていた。
思わず泣きじゃくる、それでも諦めない、そんなルノは通りの奥にある聖導教会から出て来た三つの人影に気付く。
吸血鬼でも騎士でも無い、それは――。
「あの程度の敵にいつまで掛けてんだよフィオ! 鈍ってんじゃねーのか?」
「ロクに戦わなかったレイルは黙ってて」
「でも凄かったですよフィオーレさん! まさに無双! 一騎当千でしたね」
冒険者フィオーレとレイル、そして聖導プリーストのルシアであった。