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第75話 ヒューモラス


 ロンドニア南西地区。

 救援を呼ぶよう命令されたクロエとフィリアは、脇目も振らずただひたすらに走っていた。


 置いてきた三人の安否を心中で願い続け、降り注ぐ雨に傘もささず疾走する。

 仲間が、友達が本当に死ぬかもしれないこの状況下で、刻一刻と過ぎ去る時間すらクロエとフィリアには惜しかった。


 濡れゆく髪を振り、水分を含んで服が重くなろうとも構わない。彼女達がすべきは速やかに援軍を呼び、小隊員を、かけがえのない友達を救う事のみである。


「クロエさん! あれ!!」


 高い柵と正門に区切られた軍施設が視界に飛び込む、間違いない、ロンドニア駐屯地だった。


「待ってフィリア、様子がおかしい......」


 しかしクロエは、そんなフィリアを制止して門を観察した。

 本来であれば警衛が立ち、正門も固く閉じられている筈。それが無造作に開け放たれ、人気も無い。


 街中で戦闘が発生しているのだから出動、少なくとも警戒態勢に入っているのが妥当だ。


「なんだろう、嫌な予感がする......」


 正門を抜けてしばらく進むと、隊舎に挟まれた敷地内の大通りに差し掛かる。だが、その想像を絶する光景を見たクロエは反射的に抜剣する。


 広がっていたのは、二人の男を中心に倒れ伏す王国軍騎士達だった。彼らの周りだけではない、騎士はあちこちに伏しており、健在の者はゼロ。

 ロンドニア駐屯地は陥落していた。


「うそ......」


 立ちすくむフィリア、当然の反応だった。

 駐屯地を襲ったであろうローブの横にはもう一人、白地のマントを着た銀髪の好青年。

 フィリアの兄にして聖導最強の騎士、ヘルメス·クリスタルハートが立っていたのだから。


「アッヒャヒャヒャヒャ!! 良いですねえ、流石は一等騎士! 小規模ながら軍施設をたった一人で制圧するとは。私の手間も省けましたよ」


 ローブの男が、そのフード下から奇声とも言える声で高笑いした。一方ヘルメスの表情に色は無く、不気味なほど目から光を失っている。

 その様子はまるで人形のようだった。


「あんた誰! お兄ちゃんと......ここの騎士達に何をしたのッ!?」


 突き出した《七五式突撃魔法杖》に魔力を注ぎながら激昂するフィリア。初めてこちらに気が付いたのか、ローブ男がクルリと首を向けた。


「これはこれは、随分とお若い騎士さん達だ。それに、やたらと物騒なものを......」


「いいから答えなさい!! さもなければ直ちに危害攻撃を加えます!!」


 普段は温厚な彼女が、魔法を放てる状態で怒声を散らしていた。

 ところが、ローブ男に至ってはこの状況下において取り乱すどころか、逆に高揚しているようだった。


「怖いですねえ......まあいいでしょう、私は名をヒューモラスと申します。現在は"プラエドル"で魔導師をしておりまして――」


 矢のような勢いで飛び出したクロエが、瞳を紫色に燦然(さんぜん)と輝かせながらヒューモラスに斬り掛かった。

 対魔導師においては無敵の相性を誇る『マジックブレイカー』、どんな防御魔法だろうと関係なく攻撃を通す固有スキルだ。


 それだけに、アッサリ"止められた"自身の剣を、最初は盾に止められたかと思ったクロエだが、違った。

 何重にも重ねた分厚い魔法陣によって、彼女の奇襲は完璧に防がれていたのだ。


「困りますねえ、人の話は最後まで聞けとご両親に習いませんでしたか?」


「黙れ!! お前らプラエドルがお父さんを......、お母さんの好きだった人を殺したんだ!!!」


 怒りに満ちた剣撃が魔法陣へ食い込んでいく、両親を失った悲哀と憎しみがクロエを包み込んでいた。

 それ故に気付けない、真隣に居たヘルメスが以前のような味方ではなく、敵である事に。


「ゲホッ!?」


 ヘルメスは所持していた剣の"(さや)を"クロエの腹に叩き付けていた。

 ズンっと鈍い音が響き、引き剥がされるようにフィリアの傍まで後退したクロエは思わず片膝を着き、痛みで飲み込めなくなった唾液を口元から伝らせる。


「クロエさん! 大丈夫ですか!?」


 駆け寄ったフィリアが、幼馴染を殴りつけて尚平然と佇む兄を睨みつけた。


「おかしいですねえ、彼は私の魔法で自我が無い筈なんですが......」


 抜き身の剣ではなく、鞘を用いた攻撃にヒューモラスは疑問の色を示す。


「どういう事ですか!?」


「あなたのお兄さんは、今洗脳魔法で私の支配下に置いてあるのです。本当ならそのスキル使いの騎士も斬り捨てていたでしょうに......」


 口元を拭ったクロエは、ヨロリと立ち上がり、あくまでヒューモラスに剣を向けた。


「じゃあここでお前を倒せば、フィリアのお兄さんは正気に戻るってわけだ」


 瞳の光を一層強くしたクロエが言う。


「ええそうです、しかし随分と懐かしい固有スキルをお持ちのようだ。まるで十年前に戻ったようです」


「十年前......'?」


「その通り! 懐かしき王都襲撃戦線! 一般人ながら国の精鋭魔導師に匹敵する私の魔法をことごとく打ち破いた人間!!」


 クロエの額から、幼少より封印記憶と共に汗が噴き出る。


「グラン·フィアレス! 妻と幼き娘を庇い死んだ、愚か極まる男ですよ!!」


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