第74話 判断
「さて、隊長と隊員の分離は今ので成功ね。私はあの子ともう少し遊んでくるから、お姉ちゃん後よろしく」
三遊副隊長ルノは、初めて恐怖という感情に飲み込まれかけていた。
これまでにもピンチは数多とあったが、今回だけは別格と言っていい。例えるなら、人間の力ではどうしようもない自然災害が、明確な殺意をこちらへ向けてくるようなものだ。
「――仕留め切れなかったの?」
高揚の無い声でアルミナが真意を聞いていた。
「そんなところかな、あの服に掛かった防護魔法が予想以上に強かったみたい。そっちも気を付けて」
ルノは思考する。ティナが生きているならば、『血界魔装』とやらを発動した吸血鬼相手にも勝機があるかもしれないと。
だがそれでも勝てる可能性はゼロに近いだろう。副隊長としてどのような判断を下すべきか、彼女はただただ刹那の時を思慮に費やした。
そして――。
「クロエさん、フィリアさん、ロンドニア駐屯地へ救援要請を伝えて来てください。魔力干渉が激しくて通信は使えません」
「ルノ......それって」
恐らく意味を察したであろうクロエを、ルノは睨みつけることで黙らせた。
彼女なら普段は絶対に取らない疎通手段だ。だからこそ、二人はそれ以上何も言わない。
反転し、フィリアを半ば強引に引っ張る形でクロエは走り出す。
「ミーシャ、悪いけどあいつを止めるの手伝ってくれないかな? 増援到着がいつになるか分からないけどさ」
絶望を前に、開き直ったような笑顔を見せるルノ。
押し黙っていたミーシャは、再び刀身にほとばしる炎を纏うと、ルノの横へ踏み出た。
「あったりまえでしょ! ここで逃げたら職務怠慢もいいところじゃない、やるだけやってやるんだから」
幼馴染の頼もしい返事に安堵すると同時に、ルノも風を剣に集中させる。
やがて、エルミナも時計塔の方へ屋根伝いに飛び去るが、彼女達はあくまで冷たい空気を放つ姉の方へ剣を構える。
「フーン、あくまで私狙いなんだ。向こうの子は助けなくてもいいの?」
「隊長なら、きっと増援到着まで持ち堪えてくれます。あなたこそ自分の身を案じたらどうですか?」
風に流された火の粉と、段々と広がりを見せる冷気が双方の間で混じり合う。
しばしの沈黙が続く中、アルミナが無機質だった表情に僅かな笑みを浮かべた。
「増援......来たらいいね」
「なっ!?」
それは最悪の結末を連想するに十分だった。ルノは迂闊な発案をした自分を殴りたくなる、もっと早くに気付くべき事だった。
既に街中で戦闘が勃発しているのに、駐屯している筈の部隊はまるで現れない。
つまるところそれは......。
「まさか、あなた達駐屯地を!?」
彼女の周囲を取り巻く冷風は肯定の印か、やがて持ち主を超える大きさを持った氷槍へと変貌した。