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第72話 腐食


「降りだしたな......少し急ごう。教会はすぐそこだ」


 どす黒い雨雲を視界のやや上に収めると、聖導一等騎士ヘルメス・クリスタルハートは、数人の二等騎士と共にロンドニアの大通りを純白の靴で踏んだ。


「ヘルメスさん、ロンドニア支部長マルドーの暴挙は最早見過ごせません! 何としても霊力集中点の破壊を押し通しましょう」


 隣を歩く騎士が憤怒をあらわにする。

 彼らは、先の地下ダンジョン制圧戦に参加した騎士達だ。命懸けで攻略したのにも関わらず、未だ危険を放置している司令にとうとう堪えかねたのだ。


「我々は権力に屈しない、その確固たる意思で彼に訴えよう。たとえ除名になったとしても......!」


 ヘルメスは覚悟を決めていた。理不尽に権力を乱用する人間に対して、彼は自らの立場を捨てることすら辞さないつもりだった。

 しばらく歩いた一行は、街の中心部から立て続けに鳴る音に気が付く。


「地鳴り......? っというより爆発音ですかね、駅の近くから聞こえるような」


 聖導騎士に妙な緊張が走る。

 それを敏感に感じたヘルメスが、「走るぞ!」っと通りを駆け始めてすぐだった。


 少し進んだ道の真ん中に一人、黒色のローブに身を包んだ男がポツンと立っていたのだ。

 ビショビショになりながら微塵も動かない男に、通り過ぎようとしたヘルメスが声を掛ける。


「どうしましたか? こんな雨の中立っていると風邪を引いてしまいます。せめて屋根のある場所に......ガッッ!?」


 顔を覗き込んだヘルメスは、表情を見る前に顔面を手で掴まれた。恐ろしい腕力の前に全く引きはがせない。


「ローズ・クリスタルハートの息子。探しましたよ、今のあなたが抱える負の悩み......私が解き放って差し上げましょう」


 薄気味悪い紋様の入った顔がヘルメスを見つめる。


「貴様ッ!!! 何をしているか!!!」


 付いていた二等騎士達が、その剣でもってヘルメスを助けんと向かって来た。


「さあ純白の騎士が持つ闇、見せてもらいましょうか」


 顔を掴む手から漆黒の魔法陣が現れる。

 怒り、不安といった感情がドッと押し上げ、ヘルメスの意識は急速に沈んでいった。


「ダメだ......、逃げろ......」


 捻り出した最後の一言は騎士達に届かない。剣の折れる破壊音と、何かを斬る短く鋭い音だけが直後に響いた。


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