第69話 狂った歯車
「偵察隊の連中が【エルキア山脈】の麓を探索しているが、現在までに怪しい隠れ家は見つかっていないそうだ」
王都郊外の一本道、ささやかな街頭と月明かりのみで照らされながら、ローズとカルロスは軍人らしいキビキビとした歩きで夜の街を散歩していた。
もっとも、ここ最近ルミナスが仕事に忙しく、カリスタも冒険者ギルドで手一杯なため、ナイトテーブルが休業中というだけの理由だが。
「まあそうだろうな、十年間隠れてたんだ。簡単に見つかるわけねえか。軍はそのー......ファントムだっけか? 正体が分かったのか?」
「不明瞭な点はあるが一応な、あのファントムは元々が霊力の塊、つまりは幽霊だったんだ。そこへ、誰がどうやったかは知らんが魔力か魔法を大量に浴びせた。そうして生まれたのがあのファントムだ」
駐屯地の幽霊騒動、地下ダンジョンでのファントムを総合的に考察した結果だった。
もし駐屯地に現れた幽霊がファントムなら、恐らく死者が出ていただろう。しかしそうならなかったのは、まだ誰かが手をつける前だったからに他ならない。
「つまりあれか、ファントムってのはどっかの魔導師によって半ば人為的に作られたものってことだな」
「そうなる、そして気になるのは聖導ロンドニア支部支部長、マルドーだ。不自然に件の霊力集中点を存続させている、あからさまだが何かあると見て間違いない」
霊力集中点とファントムは繋がりがある。大量の霊体を寄せ集める場所、霊体を強力なモンスターに変えてしまう魔導師。
「なあカルロス、戦争継続の要たる兵器生産工場があるとしよう、お前ならどうする?」
突拍子もない質問に、「は?」っと呟いてしまったカルロスだが、ローズの表情は真剣だった。
「そうだな......。まず損失した場合を考えて出来る限りの守備隊を工場に配置し、可能ならバレないよう隠蔽工作も行う。もし地上でなく地下深くに生産拠点を置けたなら砲撃の心配も無......」
カルロスも気付く、ローズの言わんとしていることを。
入り組んだ迷路であり砲撃も届かないダンジョン深部、そこに生息していたモンスターと、広間に陣取っていたファントム。
"霊力集中点"という、聞いただけなら霊が集まる場所にしか思えないような第一印象。
「霊力集中点は......、ファントムを生み出す『工場』のような役割を果たしていると?」
「憶測だがな。もしそこの工場長がマルドーだとすれば、一応合点もいく。分からないのは霊体をファントムに変えちまうっつー例の魔導師くらいだ」
ふと夜空を見上げるローズ、まだモヤモヤとした仮定をこねくりながら輝く満月を視界に入れた。
流麗に光るその星を見つめていた彼には見えた、一瞬歪んだ月が......。
「カルロス!! 避けろッ!!」
二人が飛び退いた直後、立っていた石畳が大きく音を轟かせひしゃげた。押し潰されたようにクレーターとなったそれは、明らかに攻撃の意思を持っていた。
程なくしてローズとカルロスは、ローブを着た人影を屋根上に発見する。
「いやはやその勘と身のこなし、流石というべきか相変わらずというべきか。精鋭王国軍騎士の名残は健在のようだ」
パチパチと手を叩くローブの男は顔まで覆い隠しており、よく視認出来ない。
「ただの中年おやじに対して随分褒めてくれるじゃねーか、名乗れよ、死者冒涜の"魔導師"」
「おや、もうバレてしまいましたか。でも残念ながらそれは出来ない......私はあなた方を一撃で仕留めようと思っていたので」
男は表情が見えなくても、計画が狂い困っているようだった。
二人は確信した、コイツが霊体からファントムを作り出している魔導師本人だと。
「何故俺らを狙う? 殺したところでメリットがあるとは思えんのだが」
「そうですね、ファントムの秘密を見知った者の中で一番実力があるようでしたので、早いうちに潰しておきたかったんです」
「俺らは消費期限間近の老いた騎士だ、前線はもう若い奴らに任せたよ」
不気味な魔導師は、ローブに隠れた顔を月明かりに当てながら言った。
「......なら、その期待の若者が散れば、あなた方の悲壮に満ちた表情を拝める訳ですな」
「ッ!? てめー何を......うッ!!」
突如吹いた突風に気を取られた刹那、屋根上から見下ろしていた魔導師は影も形も無く消えていた。
嫌な予感がした、どうしようもない胸騒ぎが押し上げる。
音に驚いた住民が通報したのか、警務隊が何人かでやって来るのが見えた。
「カルロス、事情説明は任せて良いか? 俺は今からアルテマ駐屯地へ向かう」
「ああ......分かった、気をつけろよ」
最悪の可能性を危惧し、ローズはその足で王国軍アルテマ駐屯地へ向かい力の限り走った。