第68話 聖職者の葛藤
地下ダンジョンでの激戦から、ほとんど休まずにロンドニアへ抗議に来ていたルシアは、現在進行形で睡魔と倦怠感のダブルパンチを食らって意気消沈としていた。
おまけに、そこまで苦労しながら成果はゼロ。リスクもそのまま残り彼女自身久しぶりに参っていた。
今日はもう近くの宿にサッサと入り、シャワーを浴びてから寝てしまおうと誓いながら、彼女は十字路に差し掛かった。
「おいフィオ! てめーと知らない街を歩くといつもロクなことがねえ! 何回地図ブンまわしゃ気が済むんだよ!」
「だって仕方ないじゃない! 分かんないものは分かんないのよ! レイルだってさっき道間違えてたでしょ!?」
「回数がちげーよ回数が! もうあの時計塔の周り十周くらいしたぞ!! こんなんじゃいつまで経っても聖導に辿り着けねーじゃねえか、あーせめてルシアさえ居れば......居れば......」
ロンドニアの中心部で道に迷っていたレイルとフィオーレ、そこへたまたま宿へ向かっていたルシアが通り掛かり、三人の目がピタリと合った。
「ってルシア!? 何でお前がここに居んだよ!?」
「それはこっちの台詞ですよ!! レイルさんとフィオーレさんが何故ここにって......あっ」
ルシアの意識は大声を出した途端遠くなり、彼女はその場でへたり込んでしまった。
魔力切れ、過労、睡眠不足、空腹が重なり、体力がとうとう尽きた結果だった。
「ちょっとルシア!? どうしたの急に! レイル、この子連れて急いで宿まで戻るわよ!!」
◇
街で最も安い宿屋、決して新しくはないが手入れの行き届いた個室で、レイルはベッドを椅子に代わりにしてソワソワした様子で二人を待っていた。
しばらくして、部屋の木造扉が軋みと共に開く。
フィオーレに手伝ってもらいシャワーを浴びたルシアが、幾分か青かった顔色に血の気を巡らせて入室した。
服装はフィオーレに貸してもらった物で、袖無しのトップスにショートパンツと楽な格好。淡い紫色の髪も下ろされ、服のせいか白い肌があらわになる。
「ルシアのこと変な目で見たら蹴り飛ばすからね」
後から入ってきたフィオーレが、扉を閉めながら威圧するように言った。
「"ティナの時"にも言ったが、俺はガキに興味なんて湧かねえよ。見た目がいくら煽情的でもな」
「えっ!? レイルさんティナさんをご存知なんですか?」
椅子に座ったルシアが、スープを受け取りながら驚愕した。
「知ってるもなにも友達だよ、それにクロエとフィリアだっけ? そいつらとも最近仲良くなったんだ。もちろん騎士とか抜きで人間としてな」
フィオーレから貰ったスープを啜りながら、レイルはつい昨日の出来事に思える冒険を思い出す。
「ルシアの方こそ皆を知ってたのね。でもまさかあなたがここまで弱るなんて......一体何があったの?」
ルシアの横に座ったフィオーレが彼女を心配気に見つめる。
本来秘密とすべき先の案件だが、ルシアは現状の不満やマルドーへの不信感もあり大方の流れを説明した。
駐屯地の幽霊騒動から霊力集中点の制圧、それの破壊を何故か禁じられていることを......。
「なるほど、それは確かに怪しいわね。実は私達も今日聖導に呼ばれて向かってる最中だったの。本命の討伐依頼が終わったから帰ろうとした時、聖導の騎士に『教会へ来てくれないか』ってね」
聖導プリーストのルシアからすれば、そんなことはありえないと言えた。一冒険者を用も告げず祈りの場へ招致するなど、目的が分からない。
ましてや口頭である、怪しむなという方が無理だった。
「言われてみれば確かに......、念のため赴くのは数日待ってからにするわ。ルシアも今日はここで休みなさい、部屋はもう一つ取っといたから」
「さっすがフィオ! 気が利くじゃねーか、弱った友達の為に自ら自腹を切るなんてーー」
「もちろんレイルにツケといたけど」
いよいよ狭い部屋で取っ組み合いが始まり、あーだこーだと互いのほっぺをつねりながら言い争うレイルとフィオーレ。
そんな二人の間にルシアが割って入り、仲裁を行うという彼らにとっていつものパターン。
「ーーまあアレだ、そのファントムとガチで戦った者同士、ここは一度融和的になってやるか」
真っ赤に腫れたほっぺを押さえながら、レイルが休戦を提案する。
「フン、仕方ないわね」
乱れた髪や服を整えながら、フィオーレもこれを承諾。
喧嘩を収めたひと時の安堵と並行して、彼女の中には得体の知れない不安が今だ残った。