第65話 ホーリーナイト
神秘のベールに包まれていたダンジョン最深部の大広間。霊力集中点とされるそこは、散らばる瓦礫と魔力砲によって焦げ付いた床の混沌とした空気で満ちていた。
「ティナさん、ルシアさん、どうやってここまで?」
パチクリと目を丸くしたフィリアが、直上より降り立った二人に聞く。彼女達は第四層で崩落によって孤立した筈だったからだ。
「ルシアと一緒に道を探してたらいきなり爆発音が聞こえて、探してみたらこの大広間と隣接していた通路に穴が開いてたの。覗いてみたら上から広間が見えたって訳」
クロエが弾き飛ばした魔力砲の初撃、角度が変わり上向いた熱線は第四層部分に着弾。ダンジョン内をさまよっていたティナ達をこのフロアへと導いた。
「そこから飛び降りた......ということか。ルシア、率直に聞くがあのファントムの浄化は可能か?」
「根幹を成す霊力だけなら余裕です。しかし、見たところ霊力に混じって魔力も相当量有していますね。それさえどうにかできれば......」
伏していたファントムがとうとう立ち上がり、怪しく光る赤眼をティナ達へ向けた。
背筋がゾッと冷え、蝕まれるような感触が全身を襲う。
狂気に気圧され無意識に数歩下がった半長靴の踵に、クロエの足がコツンと当たった。
「私がやるよ......『マジックブレイカー』であいつから一瞬だけ魔力を引き剥がすから、その隙に浄化を」
魔力砲を正面から受けて満身創痍の体となったクロエが、よろめきながらもティナの前へ立った。
明らかな無茶、だがそれでも立たなければならない職業であると、ティナやクロエも重々承知している。
「分かった......でも危なかったらすぐ下がるように」
本音を喉の奥で押し殺し、ティナは再び《ストラトアード》を慣れた動作でサッと構えた。
「兄さん、私のガードは大丈夫ですから、皆さんの援護をお願いします」
「......良いのかフィリア? お前を守る人間が一時的にしろ居なくなる」
「私は騎士です、人々を守る騎士が庇護されていては話にもなりません、自分の身くらいは自分で守ります!」
胸をグッと押さえ、フィリアも《七五式突撃魔法杖》に魔力を込める。上部を飾る高純度マナクリスタルが強く輝いた。
目標は前方ファントムの撃滅、フィリアを除いた四人は一斉に散った。
「ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッ"ッ"!!!」
石畳をえぐりながら発射された魔力砲を、先陣のヘルメスは猛スピードでくぐり抜けると、勢いのまま光沢掛かった両手剣を横に一閃煌めかせた。
空気を斬る音が一瞬遅れて聞こえる程に速く、その斬撃はファントムの右に生えた剛腕を軽々宙に飛ばした。
「ハアアッ!!」
猛攻は終わらない、無駄な動きを一切行わず、ヘルメスは恐ろしいまでの剣さばきで無数の裂傷を刻み込む。
聖導トップを誇る騎士は先方として十分過ぎる成果を出すと、次のシーケンスへと移った。
「今だ! ヤツが体勢を整える前に魔力を引き剥がせ!!」
ヘルメスと交代で瞳を紫色に煌めかせたクロエが、仰向けに倒れたファントムの首下へ素手で取り付いた。
「剥がれろおおおぉぉぉぉッ!!!」
全身全霊の力で魔力の核を掴むと、クロエはそのままビリビリと引き剥がしていった。亡霊の叫び声が広間を叩く。さすがのファントムもこれには相当応えたのか、断末魔は聞いたことが無いくらいにデカイ。
ーーあと少し......、ッッ!?。
八割程の分離に成功したクロエだが、彼女の腹を突き上げるようにしてファントムの健在だった左拳が刺さった。
「うッ......ガハッ!!」
視界がグニャリと歪み、激痛と共に込み上げてきた血を口から吐き出す。体の感覚が一気に消え、意識も没しかけようとしたその時だった。
「クロエッ......!!!」
悲痛にまみれたティナの声が彼女の耳を貫いた。
目を見開き、たまらず離しかけていた魔力核を今一度両手でガッシリ掴む。まばたきする程度の時間でいい、そんな僅かな自由でもクロエは貪欲に欲した。
「これっ......だけはッッ!!! 絶対に引き剥がす!!!」
気力を振り絞り、クロエは残った力全てでファントムの魔力核を引き抜いた。
だが、ファントムは力尽きた彼女にとどめを刺そうと左腕を振りかぶる。
当たれば死ぬ、そう分かっていてもクロエに避ける力は残されていない。
ゆっくり目を閉じた彼女の横を、猛烈な風の矢と火球が横切りファントムへ直撃。攻撃を阻止したのだ。
「ミーシャはフィアレス二士を回収して! 気はこっちで引いておく!」
「了解! 援護任せた!」
どうにか動けるまで回復したミーシャとルノが、気絶したクロエの救助に向かった。二人だけではない、聖導も一部だが戦闘に復帰したのだ。
「「「「「『ホーリースピア』!!」」」」」
魔力の抜けきったファントムの体を、いくつもの光の槍が襲い掛かった。効果は抜群、動きはこれまでになく鈍る。
隙を見てクロエ救出をミーシャが成功させ、攻撃は最終段階へ突入した。
正面切って突撃を開始するティナとルシア、ファントムの抵抗はまばらであり、残りカスに等しい魔力砲の突破は容易であった。
「ルシア! お願いッ!!」
合図でルシアは走りながら詠唱を開始した。
「血の奥まで浸透せよ、闇屠る聖なる力を希望の騎士に与えられん! 『セイクリッドセイバー』!!」
全魔力を用いた聖属性魔法をティナに付加、聖導一のプリーストによって彼女の攻撃は浄化の力を持った。
一人の騎士に一連の望みを託し、ルシアはそのままティナを前へ押し出すと同時に『魔力切れ』で離脱。
この場全ての人間から受け継いだ想いを剣に乗せ、ティナは一心不乱の大連撃を叩き込む。
「ハアアアアアアアァァァァァァァッッッ!!!!」
怒涛の剣技はファントムに決して再生を許さず、溢れる浄化の光が彼の者を包み込む。
魂をぶつけるように繰り出される一撃は烈火の如き余勢を持ち、純黒の亡霊は遂に光と化して消え去った。