第64話 VSファントム
「『レイドブラスト』!!」
杖を大きく振り、フィリアは若葉色の魔法弾を三連射で撃ち出した。
いくつもの実践を経てオーガすら吹き飛ばす威力を持った『レイドブラスト』は、全弾がファントムの頭部に命中。その恐ろしい面相は瞬く間に爆炎で覆い隠された。
本来ダンジョン内での爆発魔法など論外であるが、この相手にそんな躊躇をしていては確実にこちらが殺られるだろう。
何故なら、ファントムは彼女の魔法すらもろともせず高速で突っ込んでくるからだ。
「"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ッッッ!!!」
「マズイ! フィリア避けてッ!!」
純黒の巨体を矢のようなスピードで加速させ、一直線に魔法を放ったフィリアへと突進。樹木に近いサイズの腕を振り上げ、その拳で詠唱中だったフィリアを叩き潰さんと一撃を放つ。
「きゃっ!!」
硬質の物体同士が激突する音が響き、思わずしりもちをつくフィリアだが、その攻撃は当たっていない。
ファントムの拳は、間へ割り込んだヘルメスの剣によってギリギリで食い止められたからだ。
「兄さんッ!?」
「下がれフィリア! こいつの前で詠唱するのは自殺行為だ!」
流すように止めていた腕を横に弾くと、ヘルメスも数歩下がる。
直後に、追撃しようとしたファントムへ宙高く飛んだミーシャとルノが、援護する形で飛び込んだ。
「『ヘルファイア』!!」
「『ブレイヴサイクロン』!!」
灼熱の業炎と荒れ狂う風を双方、《ストラトアード》に纏い、アクエリアス以来となる本気の攻勢、獅子奮迅の凄まじい猛撃を浴びせた。
「「だああああああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」」
息の合った容赦の無い連撃はファントムを焼き焦がし、切り刻み、翼等の部位を一挙に破壊せしめた。
「第二分隊、前衛を支援するぞ! 一斉射で貫け!」
プリーストのみで攻勢された聖導の分隊が詠唱を開始、分隊火力の全てをファントムへ向けた。
「「「「「『ホーリースピア』!!」」」」」
光の槍がバリスタ顔負けの弾幕を形成し、真っ黒な影を引き裂かんとばかりに貫いた。
「やったか!?」
戦闘が始まってから既に二十人近くが負傷、ようやく与えた致命打に騎士達は多いに湧いた。三遊とヘルメスを除いて......。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ッ"ッ"!!」
ファントムに生半可な攻撃は通じない。交戦経験のあるクロエやフィリアにとっては承知の事実だった。
「驚いたな、正体こそ未知数だがこれだけの霊力を持っていたとは。......せめてルシアが居れば」
「ルシアがどうしたの?」
「彼女のプリーストとしての腕は聖導......いや、王国一と言っても過言じゃない。ルシアの聖属性魔法ならヤツを倒すことも可能かもしれない」
見る見るうちに傷口を再生するファントムを見て、連合は歯ぎしりした。
頭を過ぎるのは『撤退』の二文字、重症者こそ皆無だが、ここまで来てという思考が歯車に引っ掛かる小石のように邪魔をする。
その判断の遅れ、僅かな躊躇いが状況を一気に悪い方向へと転換させた。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ッ"ッ"!!!」
不気味に光る赤色の目から同色の魔法陣が展開され、ファントムは熱線とも言うべき魔力砲を後方のプリーストへ撃ち放ったのだ。
「させるかあッ!!」
すかさず『マジックブレイカー』を発動したクロエが、その両手で魔力砲を真っ向から受け止めた。
しかし、当然ながらこの世に万能なスキルなど存在しえない。
彼女の『固有スキル』は源たる魔法陣を容易に破壊出来るが、発動し、独立してしまった魔法相手には効果が半減してしまうのだ。
「ッ!?」
魔力砲の角度を意地で上に跳ね上げるも、反動でクロエはダンジョンの壁に激突。衝撃で粉塵と瓦礫が周囲に飛び散った。
「クロエさん!!」
「うっ......あぐッ......!」
ズルズルと崩れ落ちたクロエは、そのままヒビの入り乱れた壁に力無く座り込んだ。
「コイツ! よくもッ!!」
激昂したミーシャが刀身に炎をほとばしらせ、敵へと肉薄を試みようとした。
ルノも同じく剣に風を纏わせるが、先に動いたのはファントム。
並外れた脚力で床を蹴ったファントムは、攻撃態勢に入り刹那の隙が生まれた二人の身体をすれ違いざまに掴むと、勢いのまま壁へと力任せに叩き付けた。
「がはッ......!!」
「ぐあぁッ!!」
ブロック状の石レンガが砕け割れ、付着していたマナクリスタルが吹き飛んだ。
崩落寸前の壁に体中がめり込み、ファントムの手が離れても二人は落下せずはりつけとなる。
「総員援護! これ以上好きにさせるな!!」
残っていた聖導も一気果敢に攻勢へと出るが、再び放たれた魔力砲は突撃した騎士、後方で詠唱していたプリーストを一撃で薙ぎ払い、広間ごと連合を蹴散らした。
唯一立っている者はクリスタルハート両兄妹のみ、戦況は絶望的であった。
「ヤバい......このままじゃ......!」
「分かってるわよ......! でも体が動かないっ!」
見ればクロエも立ち上がろうとしているが、ダメージが大きいのか剣を杖代わりにしてやっとの状態だ。
それはミーシャとルノも同じ、全身が麻痺して身動き一つ取れなかった。
赤い眼光が二人を見つめ、至近距離で魔力砲が放たれようとしていた。
「ルノさん! ミーシャさん!! 逃げてええッ!!!」
『レイドブラスト』もヘルメスの援護も間に合わない、フィリアの悲痛な叫びがダンジョンに強く反響した直後だった。
「ーー私の部下から離れろおッ!!!!」
ファントムの脳天に金色のいかづちが叩き落とされた。
落雷にも等しい痛撃を受け、黒い巨体は石畳へと顔面から突っ込んだ。
しかもそれだけでは終わらない、彼女は鉄の盾をも粉砕する蹴りでファントムを広間の中央付近まで勢いよくぶっ飛ばしたのだ。
威力は絶大、あの猛威を振るった敵が今は地に伏している。
それをやった者......背中まで届く金色の髪をなびかせ、幼くも凛々しい立ち姿の騎士。
「遅かったじゃないティナ......、こっちはいい加減待ちくたびれたわよ」
「うん、遅れてゴメンね......。あとは私達に任せて!」
王国軍第三遊撃小隊隊長、ティナ・クロムウェル。
そして......。
「私の仲間を随分と可愛がってくれたようですね、楽に浄化されると思わないで下さい。榴弾砲よりキツイのをお見舞いしてやりますよ」
聖導プリースト、ルシア・ミリタリアス。
二人の到着は、悪化していた戦況と空気を大きく逆転させた。