第63話 最奥にて待つもの
「さっきの揺れ......一体何だったのかしら、別の場所も崩落して閉じ込められた、なんてことにならなきゃいいんだけど」
「そう......ですね」
崩れ落ちた天井によって部隊から孤立したティナとルシアは、現在別のルートを模索すべく歩き回っていた。
光源を作っていたミーシャがいないため、彼女達の頼る明かりは煌々と輝くランタンのみである。
ティナは《ストラトアード》をいつでも抜けるよう警戒しながら、一本の通路を慎重に進んでいく。
幸い敵の気配は無いが、横を歩くルシアの様子が変だった。それは何かに酷く怯えているような。
「大丈夫ルシア? どこか痛いところでもあるの?」
ティナの問いに、ルシアはふるふると頭を横に振った。
「いえ......実は揺れが来る直前、凄まじい霊力が下から突き上げてきたんです。それになんというかこう......すごく嫌な感じでした」
「嫌な感じ?」
「はい、まるで殺気に満ちた目で睨まれたような気分でした。第五層にある霊力集中点、もしかしたら想像よりヤバいかもしれません」
腕の立つプリーストであるルシアがここまで怯えるなら、それは本当にヤバいものなのかもしれない。
だが何をするにしても、まずは味方と合流するしかない。
ティナが歩速を上げた時だった。
「あの......ティナさん、私プリーストなんてやってますけど実はとても臆病な性格なんです。もし得体の知れない何かに皆さんが殺されたら、次の瞬間には私も殺されるんじゃないかってつい考えてしまうんです! 本当に大丈夫なんでしょうか!?」
幽霊退治のエキスパートである彼女も、根は怖がりなのだ。
死と触れ合う分、ルシアはより死の恐怖を知っているのかもしれない。
そんな彼女の頭に、ティナはポンッと手を乗せた。
「きっと大丈夫よ、向こうにはルノ達や聖導の人がいるんだし。それにいざルシアが危なくなっても必ず私が守るから」
ルシアの手を握り、ティナは王国軍の騎士として責務を全うすると断言した。
◇
「この階段を降りきれば第五層、ダンジョンの最奥に着く。二人のことは心配だが騎士を何人か残してきた、我々は先に行って霊力集中点を押さえよう」
ヘルメス・クリスタルハートを先頭に、本隊は最下層へ続く大階段をぞろぞろと降りていた。
合流ポイントで、三遊副隊長から崩落した天井でティナとルシアが分断されたと聞いた彼は、少数を残して進む方針を決定したのだ。
だがもちろん彼に見捨てるつもりは無い。
騎士を数人残したのもそのためであり、ヘルメスは突如襲った謎の揺れを加味した上で、可及的速やかに目的を達成する必要があると判断したのだ。
「気になってたんだけどさ、霊力集中点ってそのまま言っちゃってるけど一体何で出来てるの?」
第四層に二人を残す判断が気に入らず、今まで不機嫌そうにしていたクロエが口を開いた。
「僕も見たことが無いから判然としないけど、ルシア曰く"霊"がとても多く集まっている場所を指すそうだ。それこそ、十年以上前に亡くなった人の霊がいるケースも珍しくないらしい」
「なるほど、じゃあ駐屯地に現れた幽霊もそこから来たってわけだ」
今はルシアによって、応急的だが霊の侵入を防いでいるアルテマ駐屯地。
いずれ結界を抜けてこられる可能性も考え、早急に元を断つ必要があった。
一同が階段を降り終わると、そこには高純度マナクリスタルで照らされた広大な空間が姿を現した。薄く青みがかった壁は遥か上まで続いており、天井は視認出来ない程高い。
が、それより注視すべきは巨大な部屋の中央部に佇む一体の存在。
漆黒の翼を翻し、人とは到底似つかない化け物のような顔を上げる非凡な"影"は、血よりも赤い瞳で騎士達を見た。
「クロエさん......あれって、まさかファントム!?」
「うん、でもなんでこんなところに。しかもエルキア山脈で倒したのと外見が同じだけど、魔力は段違いに強くなってるみたいだ」
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッ"ッ"ッ"!!!!」
生者とは思えぬ奇声を轟かせ、ファントムはその目をより不気味に光らせた。
「総員戦闘用意! ヤツを倒し、奥にある霊力集中点を制圧するぞ!!」
第三遊撃小隊、聖導騎士団、聖導プリーストからなる計五十に近い連合軍は、謎の影ファントムと交戦状態に突入した。