第62話 地下ダンジョン
明かり一つ無いダンジョン内部は、幾重にも広がる石造りの通路や部屋からなり、徘徊するモンスターのうめき声が不気味にこだます。
手付かずの宝物に溢れたそこは、探求心に満ちた冒険者ではなく五十人以上の騎士が探索作業を行っていた。
「準備良い? クロエ」
「オッケーだよティナ、いつでも言って」
通路脇に設置された扉、その両脇から沿うようにティナとクロエが壁に張り付き、鍵が掛かってないかを確かめた。
「よし、十秒後一斉に突入、制圧するわよ」
ミーシャの火属性魔法でほのかに照らされた通路に、息を整える為の呼吸音だけが響いた。
「三、二、一......今ッ!!」
バンッと勢いよくティナが扉を蹴り開け、第三遊撃小隊と続いて聖導第一分隊が室内へと侵入した。
中は個室程の広さを持つ廃れた部屋、腐った机や椅子が置いてあるだけで罠一つ無い。
「クリア! 敵影及び罠を認めず。ダンジョン第四層の未探索部屋はこれで最後よ」
「拍子抜けね、トラップのデパートみたいにもっといろいろ飛び出すと思ってたんだけど」
「何も無いに越したことはありませんし、今までの部屋から見るにかつてここは人が住んでいたとしてもおかしくありませんので、その方によって罠が解除されているのかも」
これまで確認した部屋には全て古びた家具が置かれており、生活の痕跡があった。
この部屋もしかり、既に先着がいた可能性もある。
「霊力集中点はもっと下......、おそらく最下に位置する第五層に存在するかと」
聖導プリーストのルシアが、埃しか入っていない引きだしを開けながら言った。
「今私達がいるのは第四層、すぐ下ね」
「なら合流ポイントに向かいましょう、第五層へは本隊と一緒に突入する」
王国軍と聖導の連合は現在、大きな負傷者を出すことも無く順調に探索を続けていた。
モンスターも多数存在したが、こちらとは決定的に"数"が違った。
五十人近い騎士と腕の立つプリーストを前に、ダンジョンのモンスターは次々と各個撃破されていったのだ。
連合は一個増強小隊を本隊に、残りを五個分隊で分け手数でもってマッピング等を展開。
フロア全体の制圧は分隊が、下層へ続く大階段は本隊が維持するという形になる。
「「「「ギイイイイィィィィイイイイイッッ!!!」」」」
通路へ戻ったティナ達を、奇声とも言うべき不快音が迎えた。
それは全身を真っ赤に染めた怪異、体格はゴブリンに似たダンジョンに巣くう、危険指定【F】ランクの敵対生物。
「ぐっ、『グレムリン』だ!! こっちに来るぞ!」
「迎撃用意ッ!」
『グレムリン』は下級だが決して侮れない、ランク自体がゴブリンと同級でも、機敏さにおいては比較にならない。
随伴の聖導騎士が焦るのも当然だった。
「着剣! 『ブレイヴブラスト』!!」
杖先に短剣を装着したフィリアが、なんとグレムリンを真っ正面から迎え撃った。
爆発魔法を付与した『七五式突撃魔法杖』で、刺突と打撃を素早く交互に繰り出し、食らえば石壁も吹き飛ぶ近距離爆破攻撃によってグレムリン分隊を蹴散らしてしまったのだ。
これには聖導騎士ももちろん、ティナ達三遊ですら唖然と立ち尽くす。
「はえ~、フィリアさん張り切ってますね」
「流石はヘルメスさんの妹だ、兄妹揃って相当な実力だな」
聖導の分隊が魔法杖を用いたその戦闘術に感嘆する。
「いえ、ヘルメス兄さんなら私が杖を振る動作を行う間にもう仕留めていたでしょう。まだまだ......私なんてまだまだです」
杖を握るフィリアの手にグッと力が入った。
出会った当初と同じ、自己に対して謙虚を超えた劣等感を抱いている。そんな気がしたティナは......。
「めッ!」
「いたっ!」
普段クロエにしているチョップを、半分程の力でフィリアのおでこに落とした。
「お兄さんはお兄さん、フィリアはフィリアでしょ? 私達はあなたが部隊に居てくれたから今こうして生き延びてる。お兄さんより良いところ、フィリアにもいっぱいあるんだから!」
「ッ!?」
いつかクロエがフィリアに言ったことの半ば受け売りに近いが、ティナの本心に違いは無い。
力みきっている彼女の手を上からソッと押さえ、その力を抜く。
「ティナさんの言う通りですよ。確かにヘルメスさんは聖導一と謡われるくらいに強いですが、その想いと向上心があれば、いつか兄を勝る妹にだってなれますよ!」
ティナとルシアに諭され、フィリアは伏せていた顔を上げた。
ひっぱたかれたような表情から、彼女はどこか嬉しそうにはにかんだ。
「ーーそうですね、お二人の言う通りです。私は私、兄さんは兄さん、今は無理でもいつかきっと追い付いて見せます。ティナさんルシアさん、ありがとうございます!」
彼女の表情に明るさが戻った。
心を縛っていたしがらみから解放されたような、血の通った実に人間らしい自信に満ちた顔だ。
「フィリアも成長したなー、こりゃ私も負けてられないや」
とても小さな声でクロエが呟く。
未来へ向いた親友を見て、消えない悪夢、思い出したくない過去を持つ彼女もまた、しがらみを引きずりながら前へと進む覚悟を身の内で決める。
後は本隊と合流するだけ、そう思って一同が歩き始めてからものの数秒だった。
突然ダンジョンが大きく揺れたかと思うと、ティナ達の真上にあった天井が一気に崩れ落ちた。
「なっ、なにッ!? きゃああッ!!」
「フィリア! こっち!!」
クロエはなんとか手の届いたフィリアを、瓦礫の雨から逃がすべく思い切り引っ張った。
ガラガラと崩落した天井は瞬く間に壁へと変わり、通路が遮られてしまう。
しかもあろうことか、ティナとルシアが向こう側へ取り残されしまったのだ。
「隊長! ルシアさん! 無事ですか!?」
すかさずルノが呼び掛けた。
「こっちは大丈夫、壁も壊せそうに無いし迂回するわ。指揮権はルノ・センティヴィア一等騎士へ一時的に委譲! 小隊各位は予定通り合流ポイントに向かって! また後で会いましょう」