第61話 王国軍・聖導連合
「三遊諸君、作戦概要は以下の通りだ。昨日聖導のプリーストが幽霊騒動の原因とみられる地下ダンジョンを発見した。これを受け君達には、聖導騎士団と合同で霊力集中点を叩いてもらう」
アルテマ駐屯地 即応遊撃連隊第三執務室で、ティナ達は新たな指令を受け取っていた。
幽霊が流れてくるという霊力集中点の制圧、その根源たるダンジョンが王都近郊にて確認されたのだ。
灯台下暗しと言うが、まさしく原因が近場の足元にあったのだから笑えない。
「少佐、一つ質問なんですが、何故投入戦力が我々のみなのですか? ダンジョンともなると、万全を期すにもあと二個は遊撃小隊が必要と考えますが」
三遊副隊長のルノが、淡々と説明する上官へ疑問の視線を向けた。
「今回の作戦は聖導主体で行われる、我々軍はあくまで支援という立場だ。それに......」
エルドは間を空けると、重々しく続きを話した。
「後方たる王都付近に浸透する敵対生物の数が、日を増すごとに増加している。君達以外の即応可能な部隊は現在その対処に忙殺されているからだ」
数日前フィオーレやレイルが言っていたことと同じだった。敵対生物が増え、今は冒険者ギルドも討伐クエストに明け暮れていると。
幽霊騒動といい何かが起きようとしている......いや、もう既に起きているのかもしれない、自分達が気付いていないだけで。
「理解しました。しかし、聖導と王国軍では互いの指揮系統が独立しています。共同歩調が取れるのでしょうか?」
「こちらの戦力が中隊ないし大隊規模であれば問題だろうが、今回は一個小隊だ。向こうの指揮所に数人の騎士を配置して対処する」
ダンジョンには霊的な存在以外にも、多数のモンスターが生息していると斥候が報告していた。
それらから聖導騎士団と協力してプリーストを守るのが、今回ティナ達に与えられた任務だ。
「尚、地下という性質上から通信用魔道具では地上と交信出来ない。現場では向こうの騎士団長と相互協力しつつ判断してくれ」
◇
王都から西へ馬車で数時間、位置的には教導隊で行軍訓練をしたアルテマ山に程近い森に、"それ"はあった。
「ダンジョンっていうから入口もそれなりかと思ったけど、こうして見るとただの洞窟じゃん」
クロエが何を期待してか、ガクッと肩を落とす。
地下ダンジョンへの入口は岩壁にポッカリ開いた穴があるだけで、装飾の類は一切見受けられない。中は真っ暗闇もいいところで、松明が無ければ迂闊に入ることすら叶わないだろう。
しかしそんなダンジョン前は、現在武装した五十を超える騎士団が展開しており、それこそ少数パーティーで冒険者が挑むシチュエーションとは訳が違った。
しばらくして、鎧に溢れた人混みの中から一人の聖導騎士が歩き寄ってきた。
「久しぶりだなフィリア。父さんから聞いてはいたが、まさか本当に軍で騎士になっているとは思わなかった」
話し掛けてきたのは聖導を象徴する白色基調の制服を纏い、腰に両手剣を下げた、銀髪の爽やかな風貌を放つ青年だった。
彼に対し、幾度かの実戦を経たティナがまず最初に感じたのは畏怖。
並々ならぬ実力を身の内に秘めた青年は、一目で遥か格上だとティナの肌へ鳥肌と共に植え付けた。
「......久しぶりですね"兄さん"。体調にお変わりは?」
「「「「兄さん!?」」」」
フィリアの発した言葉に四人はハモりながら叫んだ。
優美な銀髪と丁寧な敬語からは、確かに血の繋がりを感じさせる。
「ああ、僕の方は大丈夫だ。それよりもこの子達は?」
唖然とした表情で固まる三人に、青年は手を向けた。
すぐさま思考を取り戻したティナが自己紹介を開始する。
「王国軍即応遊撃連隊、第三大隊第一中隊、第三遊撃小隊隊長のティナ・クロムウェル騎士長です。今回実地される作戦を援護する為派遣されました」
「初めまして、聖導一等騎士を拝命しているヘルメス・クリスタルハートだ。さっき妹が言った通りフィリアの実の兄だ」
聖導における一等騎士とは、軍の階級とまた意味が違う。
騎士団の騎士は実力毎に五つある級の一つを拝命し、そこで職務を全うする。
つまり、一等騎士とは聖導騎士団の中でもトップということになるのだ。
魔法の才能があるにも関わらず騎士を選び、エルキア山脈の戦闘で負傷しようともフィリアが立ち上がった理由は、彼女がこの絵に書いたような優等の兄に追い付きたいからだったに違いない。
「ティナさん、クロエさん、フィリアさん! お久しぶりですー!」
駆け寄ってきたのは紫色の髪を腰まで伸ばした、白色基調の服を着る少女。幽霊騒動でアルテマ駐屯地へと派遣されたミリオタのプリーストこと、ルシア・ミリタリアスだった。
「ルシア! あなたも来てたのね、じゃあもしかしてここを見つけたプリーストって......」
「はいっ! 霊力感知や聖属性魔法で私の右に出るプリーストは他にいません。いや~っ! それにしても、ティナさん達とまた仕事が出来ると思うと既にワクワクとドキドキが止まりません!」
興奮した様子で胸を押さえ、上機嫌に跳ねる。
「はしゃぐのは結構だけど、油断だけはしないでよ」
ティナの横に立つミーシャが腕を組みながら言った。
「えへへ、すみません。あなたもティナさんと同じ部隊の人ですよね? 名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ミーシャ・センチュリオン、王国軍一等騎士よ。こっちは副隊長のルノ・センティヴィア一等騎士」
ミーシャの紹介と合わせてルノは「どうも」と軽く頭を下げた。
「ミーシャさんにルノさんですね、よろしくお願いします。今回の目的は霊力集中点の観測と封印、王国軍の皆さんには私のいる聖導第一分隊の護衛を荷なっていただきます」
「聖導の戦力は全部で六十人の二個小隊、君達王国軍を入れれば編成数こそ違うが三個小隊だ。活躍を期待している」
自身の胸辺り程の身長、小さな体駆で大柄の魔法杖を抱えた妹にもヘルメスは告げた。
「フィリア、軍で培ったものが何か、ここで僕に見せてほしい」
「はい! もちろんです、兄さんより先に倒れるような真似だけは絶対にしません」
いつにも増して覇気の宿った声でフィリアは宣言する。
兄を超えるため騎士となり、今その目標を踏破すべく《七五式突撃魔法杖》を握りしめた。
地下ダンジョンへの入口は不気味に口を開き、一度入れば二度と出てこれないような錯覚に陥る。
聖導騎士団並びに第三遊撃小隊の連合軍は、隊列を成して突入を開始した。