第59話 クロエの秘密
「さて、ティナちゃんには話しておかないとね、あの子の......クロエのことを」
愛凛桜はティナと共に檜で出来た湯舟に浸かりながら、何か重い記憶に浸るような口調で言う。
出会った頃からクロエという女の子は秘密が多かった。愛凛桜は命を懸ける仕事だからと、隊長であるティナに彼女の持つ過去を話そうと思ったのだ。
「あの子のお父さんはね......、十年前"プラエドル"っていう当時存在した組織の頭首に殺されたの。私も危なかったけど、間に合った軍の騎士に助けてもらったわ」
一瞬ドキリと身を動かすティナ。アクエリアスの列車上で出会った強大な力を持つ吸血鬼が頭を過ぎった。
彼女が愛凛桜の夫を、クロエの父親を殺したのだろうかと勘繰る。
「夫は命が尽きる直前に持っていた固有スキル、『マジックブレイカー』をクロエに託した。だけど......幼いあの子には厳しすぎる現実だったわ」
息を継ぐ一瞬が、水滴が落ちる程の瞬間が、とてもとても長くかんじる。
「あの頃からかなー、クロエが周囲に明るく接し始めたのは。まるであの光景を消そうとするように......、だから『マジックブレイカー』のことを教えたって聞いた時、クロエはあなた達を本当に信頼してるんだって確信したの」
愛凛桜は、聴き入っていたティナに優しく微笑んだ。
ティナの中でも、全てに合点がいく。
彼女が教導隊時代からスキルを隠そうとしていた理由、それを誰から受け継いだか頑なに言わない理由が。
「そんな過去が......クロエにあったんですね、じゃあ彼女がスキルを言いたがらなかったのって」
「うん、目の前で死んだお父さんを思いだしたくないのかも......、ああ見えてすごく繊細な子だから」
ティナも、父親のカルロスからお母さんは出産と同時に亡くなったと教えられていた。
もし、大好きだった親が目の前で殺され、突然別れることになったらと思うと、胸を八つ裂きにされたような気持ちになる。
きっとその光景は何より受け入れがたいだろう。
スキルを使えば思い出す、なら極力使用を抑えるのは当然だった。
「今日ここで話したこと、クロエには内緒にしててね。さっきも言ったけど騎士という命を掛ける仕事なんだから、小隊長のティナちゃんにだけは知っておいて欲しかったの」
遠い異国より来たという愛凛桜は、故郷に伝わる方法、お風呂という隠すもの無しの場所で愛する娘の過去を赤裸々に語った。
「はい、承知しました! 私も今回のお話を最大限留意しつつ、専心職務の遂行にあたります。そして......いつか彼女自身の口から話してもらえるよう、もっともっと仲良くなりたいです!」
湯に浸かっていた手を挙げ、ティナは愛凛桜へと敬礼する。
「ありがとうティナちゃん、本当に良い上官を......いえ、良い友達を持ったわねクロエ」
愛凛桜の紅潮した頬を流れるのは水滴か涙かティナには分からなかったが、黒色の強い瞳は流麗な笑顔と凛々しさ両方を混ぜた、桜のような表情と共に弾けていた。