第57話 VSリザードマン
「『ウインドフレシェット』!!」
天上に広がる青空と同じ色のポニーテールを振ったルノが、突っ込んでくるリザードマンへ向けて風の矢弾を斉射した。
並の防具と同等の防御力を持つ鱗が一種にして貫かれ、そのゴテゴテしい体駆は暴風に引き裂かれ地に伏した。
王都西方に位置する湿原で、ティナ達第三遊撃小隊はリザードマンの討伐を行っていた。
総数は十一体、今ルノが倒した一匹を引いて残りは十体である。
「ミーシャ! クロエ! 同時に切り込むわよ! フィリアは『レイドブラスト』で援護!」
「「「了解!」」」
水気のある草原を蹴り、三人は爆発魔法の支援を受けながら敵集団へと突撃した。
砲撃を連想させるフィリアの魔法は、突進するリザードマンの前衛に弾着。その数を半分にまで減らし、リザードマンとティナ達は近接戦に突入した。
《ストラトアード》でリザードマンの鋭い爪を弾き、出来た隙目掛けて連続で剣撃を浴びせる。
反撃のタイミングなんて無い一方的な戦い、不安要素など何一つ無い筈なのに......、なのにティナは全く集中出来ていなかった。
『ーー君は、何のために騎士になった?』
エルドの声が何度も頭の奥で残響する。
そして、僅かだがティナは胸中で問答してしまった。その一瞬は、戦闘において最もタブーな時間であった。
「ギャルルアアァッッ!!!」
瞬く間でしかない隙だった、だが死を感じていたリザードマンがずっと狙っていた瞬間。
命のやり取りに不必要な思考を行ったティナは、無防備な脇腹に叩き付けられたリザードマンの分厚い尻尾によりその間違いに気づかされた。
「うあッッ!?」
強烈な打撃を食らったティナは吹っ飛び、濡れた湿原を大きく転がった。体中が泥まみれになり、痛みに息を詰まらせる。
「あぐ......ゲホッ!」
涙でかすれた視界には、力尽き倒れるリザードマンが映った。命を振り絞った最後の一撃だったのだろう。
痺れる体に鞭打って起こしながら、変に考え込んでしまった自分と戦闘の妨害になるような言葉を放ったエルドの両方を恨む。
「大丈夫ですかティナさん!?」
後衛のフィリアが走り寄った。
「一応平気......、余計な事考えてたから一発貰っただけ」
ティナは口元を伝っていた血を拭う。
今は戦闘中なのだ、要らぬ思考を捨てようと再び剣を携えた時だった。
「十二時の方向、新手のリザードマンが多数接近中!」
最前でリザードマンを着実に減らしていたミーシャが叫んだ。
見れば、稜線を超えて次々とこちらへ向かって来る。その数を両手指では数えられない。
「ミーシャ! クロエ! 一旦下がって態勢を整えるわよ、フィリアとルノは魔法で後退を支援してーー」
ティナが指示を言い終える前だった......。
「『メテオール』!!」
流星のような光が一閃煌めき、十を超えるリザードマンが一斉に宙へと吹き飛んだ。
騎士スキルをもってしても捉えられない攻撃を放ったのは、薄い金髪と花を思わせる可憐な少女。
「久しぶりねティナ! ギルド研修の時以来かしら?」
それは、【冒険者ギルド:フェニクシア】に所属している冒険者、フィオーレだった。
「フィオーレ! どうしてここに!? それに今の攻撃もあなたが?」
「そうよ、『メテオール』は光属性の超高速化魔法なの。ギルドのクエストボードに討伐依頼があってね、私達はそれで来たの」
予想外の救援に、ティナは安堵と同時に自身の不甲斐なさを噛み締めた。
余計な考えに振り回され、あまつさえ助けられてしまったのだ。
モヤモヤとしていた頭に手が置かれ、ティナの金髪をワシャワシャと少し乱暴に撫でた。
「なにしけた顔してんだティナ・クロムウェル、"人を守る"っつー騎士の責務とやらに取り組んでる"最中"だろ? 部下が指示待ってるぜ」
手の主は冒険者レイル。相変わらず軽いような、それでいて真理を突く。
「......ッ! 任務なんだから言われなくてもやるわよ! 小隊総員、全魔法の使用を許可! 敵を圧倒撃滅する!!!」
顔を紅潮させながらティナは剣を構えた。
「そうこなくっちゃ」
剣筋に大きく炎を纏わせたミーシャがニヤリと笑う。
「王国軍の騎士に負けたんじゃ、フェニクシアの名折れだ! 行くぜフィオ!」
「ったく、レイルったらまたそういうことを。ーーでもまっ! たまには良いかもね!」
◇
その後の戦闘は殲滅ないし掃討戦に近かった。
研修時に培った連携は健在で、飛び交う魔法と剣撃によって、確認されていたリザードマンは文字通り圧倒撃滅されたのだ。
しかし、些か不穏な情報も出て来た。
フィオーレとレイル曰く、敵対生物の出現頻度とその数が爆発的に増えているという。
今回のリザードマンも、その一部ということだ。
「まさか冒険者と共闘するなんて、考えてすら無かったわ」
王都の出入り門前で、ミーシャは夢から覚めたような言い方をした。
「うん、素行も荒いって聞いてたけど、極々普通の人達だったし。【ロンドニア】まで無事にたどり着けると良いね」
ルノが返す。
戦闘後、フィオーレとレイルは王都には戻らず、その足で南方にあるロンドニアという都市へと向かった。
冒険者という職業も案外大変そうである。
正門を抜け、いつもの賑やかな中央通りに差し掛かった辺りだった。市場を眺めていたクロエがギョッとした様子で一人の女性を見つめていたのだ。
果物を選んでいた女性は顔見知りなのか、クロエに気付くとこちらへ走って来た。
見た目二十代の黒髪が綺麗な女性だった。
「クロエじゃない! どうしたのこんなところで? お仕事はもう終わったの?」
「ちょっ、"お母さん"こそ何してんのさ!? 人前なんだからもうちょっと離れてよお」
クロエにお母さんと呼ばれた女性は、抱き着こうとしたのを突き放されると、赤面する彼女を見て微笑む。
「フフッ、クロエったら恥ずかしがり屋なんだから。初めまして皆さん、クロエの母のアリサ・フィアレスです。いつも家の子がお世話になってます」
とても丁寧なお辞儀、美しい黒目が印象的な奥ゆかしい女性だった。