第56話 違和感
「リザードマンの討伐......ですか」
「そうだ、現在街道上に数体出現しており行商人に被害も出ていることから、速やかな駆除が求められている」
王国軍即応遊撃連隊第三執務室。
国旗を背に座るエルド少佐から、ティナは指令と説明を口頭で聞いていた。
リザードマンとは、全身を比較的硬い鱗に覆われたトカゲのような敵対生物で、王国危険指定ランクは【D】。
一般にゴブリンよりかは強い程度で認識されている。
「幸い頭数も大したことはない、"三遊でも"十分圧倒出来る敵だろう」
浸透してきた敵対生物に対し、速やかな即応性をもって撃滅に向かう。
第三遊撃小隊本来の運用任務がやっと来たことに本望と受け止めるべきだろうが、ティナにはどうしても拭えない懸念があった
「エルド少佐」
「......なんだ?」
無愛想な執務室は、飾り気を伴わせない声により一層無機質な空気を持つ
「以前から感じていたのですが、少佐は私達を戦闘から遠ざけておられるように思えるんです。アクエリアス争乱でも、展開位置がどの部隊よりも離れていましたし......」
「君達はまだ幼い、未来ある若い芽を摘むような真似はしたくないだけだ」
眼鏡を拭きながらエルドは答えた。
「少佐、皆入隊した時から覚悟は出来ています。もし不安要素があれば遠慮なくご指摘下さい」
仕事において本当に辛いことは、結果不足や同僚との人間関係の他に、自身が裏では全く信頼されていないことだとティナは思っていた。
上から信頼されていなければそもそも仕事が貰えず、貰えたとしても疑心に苛まれた状態で進めることになる。
「能力に問題があればこの遊撃連隊には入れん。ストラスフィア王国の能力至上主義に異議を唱えるつもりは無いが、大人としてはやはり気になるものなのだよ」
埃の消えた眼鏡を掛け直し、クリアになった視界で前に立つティナを見た。
腰まで伸びたサラサラの金髪、しとやかで整った健康そうな容姿、真っすぐとこちらを見つめる薄緑色の碧眼。
纏っている軍服が幼さと合致せず、いつぞや話にあった学校という学び屋の制服を彷彿とさせる。
ーーこんなまだ育ち盛りの女の子が部下になるとはな......。
大きなため息を漏らしたエルドは、改めて直立不動でその場に留まるティナに一つ質問を飛ばした。
「ティナ・クロムウェル騎士長、野暮なことを聞くが......君は"何故"騎士になった?」
「ーーえ?」
分からなかった。この質問の真意が、ティナにはまるで読めなかったのだ。
「それは、私が騎士に向いていないということでしょうか?」
「そうは言ってない、だが少し考えてみることだ。自分が何の"目的"で軍に入ったかを」
その後、執務室には時計が針を刻む音のみが響いていたーー。