第53話 聖導
事態は軍上層部からも重く見られた。
施設内に幽霊が大量発生し、駐屯地の機能を著しく低下させているという創設以来初めての事件が発生したからだ。
「ーーっという訳です。この案件を我々は現状扱いかねており、遺憾ながらそういった分野に精通した組織の協力を仰ぐ事になりました」
幽霊騒動から一夜明け、時刻は1030(ヒトマルサンマル)。
ローズ少佐は一人の少女と共に駐屯地の正門前へ立っていた。王城から最も近いアルテマ駐屯地は近衛のような役割も持っており、速やかな問題解決が求められていた。
説明を受けている少女は淡い紫色の髪を下げ、白色が基調の飾り気が少ない服に身を包んだ聖職者。
「はい少佐、大体の状況は把握しました。確かにこれは我々『聖導』の管轄とするところです、直ちに解決へ向けて尽力しましょう」
横に立つプリーストは自信満々に言い切った。
早朝から幽霊問題解決のため『聖導』と協議した結果、この案件に対し最も適した人物を送ると向こうの人事に言われたのだが、派遣されたのは見ての通り子供である。
「正門を抜けたら担当の騎士が数人待機しています、敷地内の案内や申し付けはそちらに」
故に、無駄な緊張の誘発を避けるべく、付ける人間も女性かつ低年齢であることが望まれる。その件に関しても既にメンバーは決まっていた。
「......!」
外部との繋がりを遮断していた正門がゆっくりと開く。
少女の心臓は鼓動を加速させた。警衛に見送られ、いよいよ駐屯地へと足を踏み入れた少女。
警戒レベルが上がっているのだろう、軍服を纏った騎士があちこちに剣を腰に携えながら歩哨している。
少女は歩きながら騎士や建物、駐屯地内のあらゆるものを視界に入れて、興味深く施設を観察していた。
しばらく両脇を緑地に挟まれた道を進むと、数人の女性騎士が真ん中に立っているのが見えた。
「ここから先は彼女達が担当します、クロムウェル騎士長!」
「はっ!!」
突然の大声にビクリと肩を震わすプリーストの少女、澄んだ青が基調の戦闘服に身を包み、ピカピカに光る半長靴を鳴らして前に出たのは、ほぼ同い年であろう金髪碧眼の端麗な少女。
「本日エスコートを担当します、王国軍第一師団即応遊撃連隊、第三大隊第一中隊、第三遊撃小隊隊長のティナ・クロムウェル騎士長です!」
ビシッと背筋を伸ばし、服装に一切の乱れも無いことから彼女が訓練された騎士というのがよく分かる。
「同隊、クロエ・フィアレス二等騎士です!」
「同隊、フィリア・クリスタルハート二等騎士です!」
続いて自己紹介する二人の騎士。プリーストの少女は緊張しつつも彼女達へと敬礼を行った。
当然、三人も合わせて答礼を返す。
十秒程だろうか、少女どこかニヤニヤしながら敬礼したまま動かない。
王国軍の騎士は、上官や国民に行う敬礼の場合、相手が先に降ろすまでやめることが出来ないのだ。
「あっ......あの?」
さすがにおかしいと思ったティナが、一言確認を入れる。
「あっ、これは失礼しました。私、聖導王都支部の教会付きを任されております聖職者、ルシア・ミリタリアスと申します。本日は霊案件ということでアルテマ駐屯地に派遣されて参りました!」
右手を降ろし、高めのテンションでニッコリと笑うルシア。
だがどうもその様子は落ち着かない、なんというか遊園地に来た子供のようにソワソワしている。
「では、ルシアさんには早速敷地内を見て頂きたいのですが、準備の方大丈夫ですか?」
相変わらず丁寧な敬語で話し掛けるフィリア。
それに対しルシアは「はいっ! 準備万端です!」と、若干興奮気味で返す。
仕事へのやる気が旺盛と見たティナ達は、駐屯地の案内を始めた。