第52話 徘徊する恐怖
『こちらオライオン01、尉官食道内に以上無し。30と合流し、これより誓いの間へと向かう。オーバー』
『40から00へ、男性隊舎三階までを捜索するも、以前として対象発見出来ず。オーバー』
通信用魔道具テスラを通して各探索小隊の無機質な、それでいてどこか緊張した声が駐屯地を駆けていた。
不審者侵入の知らせから四十分が経過した頃。王国軍アルテマ駐屯地はその招かれざる客を血眼で探し回っていた。
捜索に出ている小隊は、大半が『戦闘科』の騎士で構成されており、《ストラトアード》を携えた彼らは物々しい雰囲気に包まれている。
「ったく、軍の施設に忍び込もうなんてそいつもとんだ命知らずね。何が狙いか知らないけど、早いところ捕まえちゃいましょ」
けだるそうにしたミーシャが、ティナの一歩先を歩きながら呟く。
本来なら薄暗いこの通路は、ミーシャの作り出した松明代わりの火球によって最低限の明かりを保っていた。
「ミーシャ、いくら『騎士スキル』があるからって気を抜いちゃダメ。慣れと慢心は身を滅ぼすよ」
「そうですよミーシャさん、もし相手が凶器を持っていたら私達だって危ないんですから」
速攻でルノとフィリアに諭される。
彼女達の着る『三型戦闘服』は、防御用魔法をエンチャントした弓矢も通さぬ頑丈な作りだ。
しかし、動きやすさと引き換えに全身は覆えず、鎧と同じで衝撃までは防げない。あくまで保険程度でしかないのだ。
「ッ!! 分かったわよ、それで不審者の数は何人が確認されたの? 場合によっては攻撃魔法の行使だって有り得るわ」
「現在までに三人以上。食堂前で二人、クロエが見た一人が現在確認された人数よ」
警衛は何をやっていたんだと問い詰めたくなる様に、一同は怒りを超えて飽きれ返った。一応駐屯地は高い冊で囲まれているので侵入も容易ではない筈、そこまでして入った目的も気になるところだ。
そんな捕らえれば分かる疑問を考えながら、曲がり角に差し掛かった時だった。
「ーーえっ......? 今誰か私の耳元で喋りました?」
最後方を歩いていたフィリアが突然耳元を触りながら言う。
が、当然ながら彼女の横や後ろを歩く人間は"居ない"。真夏にも関わらず、全員の背にドッと汗が吹き出た。
「冗談よね......? 女性隊舎の二階には私達の他に一小隊しか居ないのよ。距離だってあるし気のせいじゃないの?」
「例の不審者かな? でも通った部屋は全部クリア。通路だって見てきたし来るとしたら前からの筈......」
一分前より一層薄暗く見える通路は、彼女達の恐怖と不安を掻き立てるに十分だった。
その瞬間、無意識に歩くペースを落とした三遊に甲高い女性の悲鳴が襲い掛かった。
不意打ちの絶叫に驚いたフィリアが、すぐ前を歩いていたティナに後ろからしがみつく。
「ティ、ティナさん! ティナさーんッ!」
涙目で服を握るフィリア。
「今の声って、一緒の階に展開してる別の小隊だよね。何があったんだろ......?」
嫌な予感がしたティナは、急いでテスラを起動してその小隊を呼びだそうと試みる。
「A1! こちらドラケン01! 応答せよ、繰り返す、直ちに応答せよ!」
テスラからの返事は一向に来ない。建物内にティナの呼びだしだけがこだまし、最悪の予感をより加速させた。
「外部に連絡して一時撤退するわ、相手は想像以上に厄介かもしれない」
「「「「ッ!?」」」」
一個小隊丸ごととの連絡がいきなり途絶えたのだ、ティナとしては単独小隊での行動はマズイと判断した。
もちろんその部隊を救助する選択もあったが、如何せん情報が少なすぎたため危険が大きいと考える。
ーーしかし。
「待って隊長、正面から何か来る......」
光源役を担っていたミーシャの紅目は、こちらに接近する影を捉えた。足音はしない、もうその時点で気付くべきだったのかもしれない......。
「誰か!!」
《ストラトアード》を抜いたミーシャが誰可した。
だが止まらない、それどころかドンドン近付いてくる。
「今すぐ止まりなさい! さもないとROEに基づき危害攻撃を加えます!」
ミーシャの横に出たティナも、抜き身の剣を構えながら警告した。
迎撃モードに入る第三遊撃小隊。だが彼女達は......いや、王国軍はこの招かれざる客への対応を間違っていたとすぐに思い知らされた。
今取っている対処方法が、"対人"では全く意味が無いことに。
『こちらオライオン01!! 誓いの間にて正体不明の敵を発見! ですが、......ですが攻撃が当たりません! 全部通り抜ける!』
『剣がすり抜けたぞ!? 奴ら人間じゃねえ! まるで幽霊だ!!!』
乱雑する通信、繰り返される幽霊や亡霊等の単語。
王国軍アルテマ駐屯地に突如として現れたこれは、危害を加えることも加えられることも無く、日が昇るまで駐屯する騎士達を翻弄し続けたのだ。