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第48話 新生活に向けて

 課業終了を告げるラッパが夕方の駐屯地に鳴り渡った。

 国旗を前に騎士達は不動の姿勢で敬礼し、国旗の見えない場所にいる者はその場でピタッと止まる。


 時間にして一分だろうか......、終わりを囁くようにラッパの()が細くなっていき、演奏終了と共に国旗は担当の騎士によって降ろされた。

 直立不動で敬意を示していた者は再び歩き出し、駐屯地の時間がまた動き始める。


「ーー今日のラッパ手は結構うまかったわね」


 しばしの硬直で固まった体をほぐしながら、ティナは本日のラッパ担当騎士を褒めた。


「はい、音程も外さず完璧でした。クロエさんも練習して拭いてみたらどうです?」


「私が拭いたら、駐屯地中の騎士皆が耳塞ぎたくなるような音出ちゃうよ? 良いの?」


「はい、せっかくクロエさんが吹いてくれてるんですから、演奏が終わるまでちゃんと敬礼してますよ」


 にこやかな笑顔。

 ちゃかしたつもりだったクロエは、生真面目なフィリアらしいと言えばらしい回答に、ガクッと肩を落とす。


「そういえば、ミーシャさんとルノさんの姿が見えませんが......」


「ええ、二人なら今シャワールームに居るわよ、ずっと歩いて汗かいたんだって」





 女性騎士隊舎の一室。白色のタイルに囲まれたシャワールームで、ミーシャとルノは少し熱めのお湯を全身に浴びていた。


「いやー、今日は良い一日だったねミーシャ、新生活の始めに相応しい贅沢な時間だったよ」


 普段はポニーテールに纏めた青髪を下ろしたルノが、呪いでも払ったかのようにサッパリとした様子で、同じく隣で亜麻色の長い髪を洗うミーシャに振った。


「別に、住む駐屯地が変わっただけじゃない」


 下げていた頭を、無機質に返しながら上げた。


「ミーシャは素直じゃないなー、慣れない場所だからこそ人との付き合いや、その街の色をよく見ないと。私達国民に愛される王国軍だよ?」


 仕切りから顔を覗かせたルノは、今言った事が建前なのか、受け売りなのか、彼女自身の想いなのか、まるで分からない程明るい顔だ。


「ルノは......不安じゃないの?」


「えっ?」


 彼女にとって予想外だったのだろう、一瞬殴られたような顔をすると、またすぐに表情を作り直す。


「不安って......?」


 聞き直す。

 それが彼女にとって、とても大事な事に思えたから......。


「ーー知らない土地で、知らない人間に囲まれて、慣れない生活を送る。こんな不安な事他に無いわよ......」


 ミーシャは続ける、下唇を血が出るくらい強く噛みながら、溜まった嗚咽を吐くように。


「私は弱い......、"あの日"も私は逃げてばかりだった。そこからルノの家に引き取られたのだって、私にとっては逃げに近い弱虫の行動。そこからはただただ居るのが申し訳無くて、また私は逃げるように軍へ入隊した。ホントに私ってよわっ......」


 そこまで言いかけたミーシャの頭に、ルノは小さな仕切りから回し込んだ手でソッと撫でた。


「ミーシャは弱くなんか無いよ。全部自分で考えて、行動に移したからこそ今があるんじゃないか。確かに最初は慣れないかもしれない......、けどそれは、ミーシャが今を頑張ってるから感じられるものなんだよ」


 優しい、とても暖かみに満ちた声。

 もうこの世にはいない、彼女の母親にも似た温もりだった。シャワーよりもずっと暖かい......。


「ッ......! べっ、別にそんなんじゃないわよ! それに、いつまでも子供じゃないんだから、その頭なでなでいい加減やめてよね」


「ミーシャの髪って、フワフワーっとしてて、触るとスッゴく気持ちいいんだよねー」


 思いっ切り顔を赤くしたミーシャが、紛らわすようにボディーソープに手を伸ばしたのだが。


「あっ、切れてる......」


 ボトルの中は空だった。せっかく出掛けたのに買い忘れた自分を恨めしく思いながら、シャワールームを出ようとした時だった。


「はいこれ、家でよくミーシャが使ってたタイプのやつ」


 さっきまで自分の頭を撫でていた手は、ラベンダーの香りがする薄紫色のボディーソープの容器を持っており、「使って良いよ」と一言掛けられる。


 不安なんて一切感じさせない無邪気な笑顔。

 いちいち怯えていた自分がバカらしく見えてしまったミーシャは、ソープを出すと手の平で練りながら......。


「ありがとう......」


 小さく呟いたーー。


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