第41話 うごめく影
そこは王都の活気溢れる商区からは外れた一軒のバー。
隠れ家的な雰囲気を放つこの店の名は【ナイトテーブル】。現役退役を問わず、軍関係者の集う自称癒しの空間である
かく言うローズ・クリスタルハート少佐も、このバーに時たま顔を見せる常連となっていた。
「アッハッハッハッハッ! まさか冒険者ギルドに研修へ行く騎士がいたとはな、我が娘ながら豪胆に育ったもんだ。ティナも騎士になった以上、冒険者と一触即発になるんじゃないかと思ってたが無用の心配だったか」
隣でバーボンを煽る中年の男は、元王国軍騎士のカルロス・クロムウェル。ローズの親友であり、第三遊撃小隊隊長、ティナ・クロムウェルの親だ。
「全くその通りですね、これで少しは軍とギルド間を隔てる壁が薄れると良いんですが」
赤ワインにも似た朱色の髪を後ろに束ね、黒と白の定番といったバーテンダー服に身を包んだ、薔薇の様な空気を纏う女性はルミナス一等騎曹。
女性騎士教導隊の教官であり、たまの休日は店の手伝いをしている。
「まあ経緯はどうあれ、関係性の改善には期待できる。長い目で見りゃ、存外この小さな一歩は大きく関わってくるかもしれん。それだけ今回のは"異例"って事だ。エルドの胃にストレスで穴が空かなきゃいいが......」
隣の男と同様にバーボンを煽ったローズが、ふと後輩の体調をあんじる。
「エルドっつーと確か......、うちのティナやお前んところのフィリアの上官だったよな? ティナの星の数が足りないんで名目上の指揮官もしてると聞いたが」
「ああ、仕事もきっちりこなすし物覚えも良い。ただ...、どうもまだ三遊に対してあいつなりに溝があるみたいでな。階級に年齢と色々違和感を覚えてるらしい、感覚としてはそれが普通でもあるんだがな......」
コップに入ったバーボンが半分に近付いた辺りで、奥の従業員専用扉がガチャリと開いた。
入ってきたのは、赤紫色の髪を持った身長も高い三十代程の女性だった。
「久しぶりだねカルロス、見ない間に随分と老けたんじゃないかい?」
「んっ? お前もしかしてカリスタか!? まさかこのバーの店主ってのは......」
「ああそうさ私だよ。最近は"娘のルミナス"に任せっぱなしだったからいい加減マズイと思ってね、ちょっと顔出したってとこだよ」
なんてこったと言わんばかりに頭を抱えるカルロス。
言われてみれば厳格そうな雰囲気は確かにルミナス一等騎曹と似ており、初見の人間ならばどこかで会ったと勘違いしてしまいそうだった。
一方で、状況が飲み込めないでいるルミナスは、周りから取り残されたようにキョロキョロしている。
「何が顔出しだ、どうせ【ナイトテーブル】での採算なんて最初から度外視した道楽店主のくせに。軍を辞めた後に立ち上げた冒険者ギルドが主な収入なんだろ?」
「よく分かってるじゃないか、最初にあんたらの娘が【フェニクシア】へ研修に来ると聞いた時は驚いたけど、案外順調そうで安心したよ」
カウンターに入り、ルミナスの横に立ったカリスタが声色を変えて続ける。
「それでローズ、『プラエドル』については何か分かったのかい?」
『プラエドル』。先日のアクエリアス争乱にて存在を明らかにしたそれは、国が最優先捜査対象として王国軍や警務隊に行方を調べさせている程だ。
なにせ、同組織は十年前の王都襲撃事件の際に壊滅しており、第二王女を連れ去ったであろう頭首の行方も未だ知れないのだから。
そんなとっくの昔に滅びた筈の組織が何故今現れたのか、何が目的なのか。早急かつ速やかな捜査が求められていたのだが......。
「それがだな、今は情報がどれも断片的すぎて何とも言えん。今王都で発生している怪現象も調べる必要があるしな」
「怪現象?」
「今市民の間で、"黒い影"が夜な夜な住宅や人気の無い道に現れるという、気味の悪い話が出回ってるらしいですね。幽霊かもと囁かれているみたいですが、不審者の可能性が大きいでしょうね」
ルミナスがコップを丁寧に磨きながら言う。
「そうかもしれんが......、ファントムというその黒い影に似たモンスターも確認されている。とにかく、まだまだ分からない事づくしってことだ」
カルロスと二人してバーボンを飲み干したローズは、多過ぎる課題に思わずため息をついた。
「ローズ、案外こういう幽霊案件は『聖導』が適任かもしれないぜ、お前の息子だってそこで騎士やってるらしいじゃねーか」
「ああ、そうかもな。一応頭ん中入れとくよ」
二人は夜が深まる店の中で、酒の追加を注文した。