第40話 一人の友として
「くしゅんッ!」
湖岸に上がったティナは、髪先から水滴を滴らせたその体を引きずり、ぽつんと佇んだ見覚えのある木の緑陰に腰を下ろした。
そこは昨晩五人で野営を行った場所の傍であり、焚き火の跡がまだ少し残っていた。
「王国軍の騎士も随分可愛いくしゃみするんだな」
同じく全身ずぶ濡れのレイルがからかう様に言う。出発前はティナ達をどことなく避けていたところもあったが、今はもう微塵も感じさせない気さくな話し方だ。
「そりゃどうも、あんたの濡れた姿だってよく見たらカッコイイわよ」
水の入った半長靴を脱ぎながら軽い冗談を言う。もちろん齢十三のティナに恋愛なんざまだまだ分からないのだが、レイルはまんざらでもなさそうに返してきた。
「ホントか? でも残念ながらお前くらいの歳の女はどうも恋愛対象に見れなくてな、悪いが他を当た......」
「フフッバカね、嘘に決まってるじゃない」
ティナの冗談に、赤面したレイルが「お前なーーーッ!!」と叫びながら掴み掛かる。
だが、そんな彼にティナは続けて言った。
「ーーでも、友達にはなれるんじゃないかしら?」
年齢相応の柔らかい笑顔を見せる彼女にレイルは一瞬戸惑ったが、彼の答えはすぐに決まる。
「ッ......! ったりめーだろ! 騎士とかどうこうじゃなく、ティナ・クロムウェルという一人の人間とつるむのが楽しいんじゃねーか」
数日といえど、共に命懸けで冒険したのだ。冒険者にとってこれ以上の理由など必要無かった。
「ーー二人共すっかり仲良くなっちゃって、レイルの騎士アレルギーもこれで少しはマシになったかな?」
声の主はフィオーレ。彼女はクロエと共に『魔力切れ』を起こしたフィリアへ、肩を貸しながら岸へと歩いて来た。
彼女はどこか安心した様な表情で二人を見た。
「勘違いすんじゃねーぞ。俺はティナを気に入っただけで騎士はまだ苦手だっつーの、でもまあ......、前よか見方は違うかもな」
例えるなら赤ちゃん肌に近いティナのモチッとした頬っぺたをつまむと、レイルはグイグイと引っ張った。
しかし力加減に失敗しており、無茶苦茶に顔をいじられたティナはたまったものではない。
「んぐっぐ......、痛い痛い! バカぁッ!!」
「ブフォッ!?!?」
思わずレイルの顔面を、ニーハイソックスで覆われた細いながらも決して弱くはない足で蹴り飛ばしてしまった。
もちろんティナは今靴を脱いでいるのでダメージは少ないだろう。
「お前いきなり何すんだ! モロに入ったぞ!」
「こっちの台詞よ! 人の顔何だと思ってんの!?」
すっかり距離を縮めた二人のやり取りを目の当たりにし、フィオーレは「彼女達をこの研修に誘ったのは間違いでは無かった」と確信した。そう思った上で溢れた安堵は、嬉し笑いとなって込み上げていた。
「おいフィオ、お前がそうやって一人でニヤついてる時は大抵何かがうまくいった時だろ、今度は何企みやがった?」
「別に? 私は何も企んでないし特別何かした訳じゃない。強いて言うならレイル、あなたが少し変わったんじゃないかしら?」
どこか引っ掛かるような言い方をするフィオーレに、「そんなもんかねえ」とレイルはため息混じりに応えた。
今回の旅で騎士と冒険者、双方が得たものは共通の"経験"と"友情"。
育まれた心と関係はこれから大いに役立っていくのだが、それはまだ先のお話......。
「さあ、依頼品のマナクリスタルも手に入った事だし、帰りましょう! 王都へ!」
晴々しく透き通った空の下、一行は小さな冒険を終えてその帰途に着いたのだった。
煙を漂わすエルキア山脈の山頂は、そんな五人を"今"は静かに見送った。