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【完結済み】蒼国のクロムウェル ~希望の空と王国の騎士~  作者: たにどおり
冒険者ギルド研修編
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第39話 脱出!エルキア山脈

 下山。それは山登りにおいて楽しむ過程の一つであり、最も気が抜けないポイントでもある。


 だが不本意な登山の場合、これほど面倒くさいものも無いだろう。

 できるならば、いっそのこと麓まで一気に"飛び降りたい"と思ったりもするが、理性的な意思を持っているならまず実行しない事だ。


「準備は良い......? 行くよ!」


 もし今この世に神がいるならば、ティナは奉仕でも何でもして祈願をしていたかもしれない。

 安全祈願、幸運祈願、事故防止祈願、思い付く限りの願いを胸中で列挙し、自己の精神安定を行う。


「私は騎士、騎士だから怖くない、怖くない! 絶対絶対大丈夫!」


 フィリアは職業上の立場で自らを鼓舞し、どうにか耐えているようだ。


「フィリアもティナも顔色悪いけど大丈夫? 何ならおまじないしてあげるよ」


「なんでお前はそんな涼しげな顔してんだよ! 怖くないのか?」


 小刻みに震えたレイルが言う。


「なるようにしかなんないしさ、もうちょっとフィオーレを信じようよ。ーーじゃあレイルにもおまじない掛けてあげる、"怖いの怖いの飛んでけー"」


「なんだそりゃ......へんてこなまじないだな、初めて聞いたぜ」


 外国出身の母親譲りであろうおまじないをクロエが唱える。妙に気の抜ける言葉だが、恐怖を紛らわすには丁度良かった。

 足元の亀裂は留まるところを知らずに広がり続け、刻々とティナ達にタイムリミットを告げてくる。


 後数分もすれば、この広場も飲み込まれるだろう。助走の体勢に入ると同時、ティナ達王国軍組は最終確認を行う。


「小隊番号! いちッ!」

「にぃッ!」

「さんッ」!


「マナクリスタル!」

「「よしッ!」」


「心の準備!」

「「できてますッ!!」」


 小隊点呼に依頼品、覚悟の確認をやけくそ気味で終わらせ、いよいよ最後の山場へと突入する。

 極度の緊張で舌が乾く。粘度の高い砂の様な唾液を飲み込むと、ティナは出っ張った崖の先端へと目線を据えた。


「駆け足ッ......! 始めッ!!!」


 五人はティナの合図で一斉に地面を蹴り、勢いよく駆け出した。

 目指すは一点、ジャンプ台のように大きく突き出た崖だ。興奮と恐怖が混じり合い、何度もつまづきコケそうになる。


「ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ッ"ッ"!!!!」


 背後からティナ達を追い越した恐ろしい雄叫びは、死者とも生者とも似つかぬ声質を持ち、金色に光るセミロングの髪を引っ張られたような感覚に陥る。


「ファントム!? あいつまだ生きてッ!」


 あれだけ攻撃を受けても尚動けるタフさには、ティナも驚きを隠せない。思わず振り向きかけるが、横を走るレイルによって制止された。


「構うなッ!! 今は走れ!! 足ちぎられても絶対に止まるんじゃねえぞ!!!」


 彼の一心が強く伝わってくる。それほどまでに大事な瞬間なのだ。

 一か八かの大博打、エルキア山脈からの"降下"という理性もへったくれも無い一大脱出劇の実行。


 全身の血が沸騰しそうなくらい熱く煮えたぎり、泥まみれの半長靴でヒビだらけの山頂を叩く。


「全員ッ......飛べーーーッッ!!!」


 五人は横一列で宙へと身を委ねた。身体から重さが消えると共に、ティナ達は猛スピードで落下し始める。

 眼前の光景は憎らしいほどに綺麗で、細々と敷かれた雲の下に、新緑で包まれた山々が見え、太陽はそれら全てを昂然と照り付ける。


 教導隊にいた頃、行軍訓練でアルテマ山山頂から見た景色とは違った蒼く輝く情景に、ティナは懐かしみとどこか似た安心を覚えた。


「ア"ァ"ァ"ア"ア"ア"ァ""ッ"!!」


 夢を覚ますかの如く真上から伝う咆哮、落下するティナ達を追い掛けてファントムがとてつもない速度で急降下して来る。

 飾りかと思っていた羽で姿勢制御を行っているのか体勢はぶれず、グングン距離を縮めていた。


「クロエ! フィリア! 空対空迎撃戦用意、あの追跡魔(ストーカー)を撃ち落とす!! フィオーレは詠唱に集中して!」


 空中で姿勢転換し、大地に背中を向ける形で弓に矢をつがえた。

 『騎士スキル』の恩恵で無理矢理制御を行い、ブレまくる照準を必死で合わせる。

 訓練も経験も無いこのシチュエーションに、ぶっつけ本番で一発勝負をする己が無茶を悔やんだ。


「ッ......! こっちに気付いて避けようとしてる! あんな無茶苦茶に動かれたら狙いが定まらない!」


 目標はこちらの飛び道具を警戒し、乱数回避によって命中確率を減らそうとしていた。

 相対速度を考えて一発外せばアウト。王国軍戦闘科初の空中戦は、ファントムに軍配が上がると思われたその時だった。


「いい加減うっとうしいんだよッ!『レイドバレット』!!」


 激昂した様子のレイルが手に魔法陣を広げ、連続で魔法弾を発射した。

 突然の行動に我が目を疑うティナへ、弾幕を形成したレイルが叫ぶ。


「俺は魔力が低いから魔法なんか使ったってデメリットしかねえ、でも今日はお前らを信じてやるよ! あのクソヤロウ叩き落としてやれッ!!」


 彼の『レイドバレット』はファントムの機動を大幅に制限し、動きが目に見えて鈍くなる。レイルの回避妨害という助けもあり、ティナとクロエは遂にその狙いをファントムへとつけた。


「班集中......、放てッ!!」


 フィリアの『ブレイヴブラスト』を纏った二本の矢は、猛烈な速さでファントムの両翼へ突き刺さり、そこを基点にバランスを崩す。


「三、二!」


 きりもみを起こし、空気抵抗の増大したファントムの体はティナ達から次第に離れていく。


(ヒト)ッ!」


 上空彼方、ファントムに刺さった矢に込められた魔法がカウントダウンの終わりと並行して発動した。


「炸裂......今ッ!!!」


 まばゆい閃光と空気を破る爆音が響く。時限式の爆発魔法が起爆し、ファントムはとうとうこの世から物理的なダメージによって蒸発した。


「よしっ! 頼んだわよフィオーレ」


 背を叩く衝撃に押されて落下が加速する中、冒険者フィオーレが詠唱を終え、魔法を展開する。


「蒼空よ、無限の抱擁をもって我らを包み、守りたまえ!『アンリミテッドストラトス』!!」


 フィオーレを中心に奇怪な紋様をした魔法陣が多重構築され、半透明の泡に似た薄い膜が五人を包み込んだ。

 それは自由落下の速度を殺し、ティナ達は徐々に減速していく。


「やった! 成功!!」


「すごい......、フィオーレさん『蒼空魔法』が使えたんですね。正直驚きました」


魔法に精通するあのフィリアが目をパチクリさせている。


「まだ少ししか使えないけどね。でもこれで、これで......あれ?」


 五人を包む魔法は、機動を変えて山脈麓に大きく広がる湖に向かうも、いまだかなりの速度がついていた。


「おいフィオ、魔法は成功したんじゃないのか?」


「あっ......あはは、ゴメン皆、これが今私にできる限界みたい......」


 湖の水面が視界いっぱいに映る。


「衝撃に備えーーーッ!!!」


 五人はそのまま湖上へと勢いよく突っ込んだ。水柱が高く立ち上り、穏やかだった水面は波に覆われた。


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