第38話 共同戦線
「ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッッ!!!」
振り回される黒色の巨腕に巻き込まれた遺跡や岩が、大小様々な瓦礫となって一帯に飛び散り砕け飛ぶ。
しかし、それらをものともせずレイルとフィオーレは、その剣撃を巨大化したファントムへと叩き付けていた。
「『メテオール』!!」
流れ星と見紛う速さで駆けるフィオーレは、豪雨が如し瓦礫を迷い一つ無く抜けきると、矢継ぎ早にファントムの胸部へレイピアを撃ち込んだ。
「ハアアァッッ!!」
瞬く間に十を超える風穴が開き、強烈なノックバックでファントムは石碑の一つに突っ込んだ。
砂塵が舞い上がり、山のてっぺんがゴゴッと揺れ動く。
並の王国軍騎士を超える機敏な身のこなしと魔法を組み合わせた攻撃は、三遊隊長のティナですら感嘆する程で、その風光明媚な動きは決して散らぬ花の様であった。
「......おかしい、手応えが全然無い」
決定打を浴びせたであろうフィオーレが呟く。
「おいおい、お前の全力食らって生きてたモンスターなんて今までいなかったじゃねえか。ダメージくらいは受けてるだろ」
「ーーだと言いんだけど」
だが、フィオーレの予感は的中した。
ファントムを覆い隠していた煙が吹き飛び、赤色の熱線が飛び出したのだ。
「ッ!? くそがッ!!」
二人は慌てて回避行動に移る。
熱線は薙ぎ払うようにして放たれ、石造りの建造物がえぐり切られた。石畳は焼け付き、不快な焦げ臭さと黒煙が立ち昇る。
「レイル!」
回避に成功したフィオーレが靴底でブレーキを掛けながら叫んだ。
「ぐッ......畜生!! 悪いフィオ、腕にかすっちまった!」
熱線に触れた左腕に、熱さと冷たさを混ぜたような痛みが走る。
それは一瞬の隙となってレイルを硬直させ、照準を合わせるに十分な時間を与えてしまった。
「レイル!! 避けて!!!」
ファントムの赤眼から凶悪な光が灯り、やがて不気味な顔を覆う程の魔法陣が展開された。
ーー間に合わねえッ......!!。
「ーー援護、放てッ!!」
レイルの窮地を救ったのは一本の矢だった。ファントムの顔面近くに発生した魔法陣に突き刺さったそれは、淡い紫色の魔光を発しながらめり込み、熱線の発射口たる魔法陣を粉々に粉砕したのだ。
「なっ!?」
突然の事に動揺を隠せないレイルの横を、日に当たり輝く金髪を風に揺らした一人の少女が駆け抜ける。
彼女は「一旦立て直して」と言うや、ファントム目掛けて猛スピードで突っ込んでいった。
「おいてめーら、ここは任せるんじゃなかったのかよ?」
レイルの問いに、背後で弓を構えていた黒髪黒目の少女は、八重歯を覗かせながら「返事した覚えは無いよ?」と、悪戯っ子そのものの無邪気な笑みを浮かべて言った。
「へっ、相変わらず騎士ってのはムカつくぜ......。でもサンキュー、助かった」
言いながらレイルは、一時敵から離れて状態を整える。
「あの吸血鬼にはかわされたけど、ーー今度は!!」
レイルをカバーする形で敵に接近したティナは思い切り踏み込むと、体に強く回転を掛けながら剣を振り、ファントムの横腹へ重い一撃を加えた。
それは以前、吸血鬼エルミナとの戦闘において隙を作った回転斬りだった。
「でやあああああぁぁぁっっっ!!!」
強靭な鎧をも叩き斬るティナの痛撃に、ファントムも踏ん張りきれずにのけ反るが、それでも相手は姿勢を崩しながら熱線を撃ち放った。
当然狙いは定まらず、あさっての方角へと飛翔する。
「まだッ!!」
ティナはスペアの短剣を左手で取り出すと、二刀でもって斬り掛かった
この相手に生半可な攻撃は通じない。そう悟った彼女は、習ってすらいない筈の二刀流で怒涛の剣撃を展開したのだ。
天性の身体能力と『騎士スキル』によって実現する圧倒的な速度は、再生を微塵も許さない剣舞となってファントムの巨体を見る見るうちに削り取っていく。
ーー足りないッ! 足りないッ!! 足りないッッ!!! もっと速くッ! もっと強くッッ!!! もっと血をたぎらせろッッ!!!。
修復と損傷の入り混じる死闘のレースは、雷撃の様な剣技を繰り出すティナが一歩先を行き、ファントムは遂にその膝を地へと着けた。
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッッッ!!!!」
連撃の最終点。全身全霊でぶつけた二刀は凄烈な雷そのものだった。
弾き飛んだファントムが高純度マナクリスタルに激突し、広場いっぱいにキラキラとした結晶片がバラ撒かれる。
それと同じくして、ティナの持っていた剣も刀身が根本から砕け折れていた。
剣の寿命を使い切る程の攻撃を受け、再生よりも損傷が上回ったファントムは、悪魔にも似たそのドス黒い体をドサリと横たわらせた。
「ハアッ......、ハアッ......」
ティナは両手に持つ役目を完遂した剣に目を向け、「ありがとう」と、武器やそれらを作った職人さんに一言の感謝を捧げた。
しばらくして、走って来たレイルがティナの背中をバンッと勢いよく叩く。
思わず咳き込みかけるが、そんなレイルからは労いの言葉が掛けられた。
「すげえよティナ! お前こんな小っちゃいのによくあんなデカブツ倒せたな! 無茶苦茶強いじゃねーか」
「あっ、ありがと......。それより腕の怪我は大丈夫なの?」
「ん? これぐらいどーってことねえよ。飯食や直るって!」
そう言ってブンブンと腕を回して見せるレイルに、ティナは一先ず安堵した。
フィリアもポーションが効いてきたのかクロエの肩を借りながら歩いて来る。
ファントムも倒し、後は山を下りるだけだと思った、その矢先だった......。
再び足元に激震が走り、山頂が大きく揺れ動き始めたのだ。
それは凄まじく、足元の石畳は無数の亀裂に侵され、脆い建造物からドンドン崩れていく。
ただの揺れではない。遺跡の時と同様、真下から何かが競り上がる様な感覚に酷似している。
求められるのは可及的速やかな山頂からの脱出、考えるべきはその方法だ。
ティナが必死で思考を巡らせていると、ふとフィオーレがやって来た。キッとした面持ちをした彼女は何かを提案しにきたのだろう。
察してティナも「何か......あるの?」と聞いてみる。
「うん、一つだけ。でも多分皆きっと嫌がると思うんだ......」
「どんな案でも良いわ! とりあえず言ってみて!」
事態は一刻一秒を争う。この際、ティナも多少の無茶は許容するつもりだった。次に出て来た言葉を聞くまでは...。
それは誰もが最初に考えはするも、決して実行には移さない方法で、案の定というか全員が血相を変えた。