第36話 奇襲攻撃
「『ブレイヴブラスト』!!」
魔法杖にくくり付けたナイフでフィリアが影を刺突し、ゼロ距離で岩をも砕く爆発魔法をぶつける。
それを援護するように、ティナ、クロエの二者が後ろの敵目掛けて全力で斬り込みを掛けた。
ファントムの奇襲を受けたティナ達は、完全に包囲された状態で不利な戦闘を強いられていた。
列車内で交戦した時は大して苦戦しなかったが、今回は量、質共に前回の比ではなかったのだ。
体積も二倍近くなっており、また遺跡全体から湧き出るように次々と現れる。ティナも最初は敵の数を数えていたが、三十を超えた辺りでそれもやめた。
とにかく、脱出口を見つけなければここで全員殺されるのは確実だった。
「何だってんだよこいつら!? こんな敵対生物は見たこと無いぞ! しかもドンドン湧いて来やがる......!!」
向かってくるファントムを両手剣でいなしながら、体をうまく動かして猛攻をかわすレイルが言う。
「私達王国軍もまだ良く分かってないわ、ただ一つ言えるのは、こいつらが私達の敵ってことだけよ!!」
予期せぬ危機にドッと汗が溢れ、どうするどうすると焦りがティナの思考を妨害する。
来た道から逃げようにも、ホースから流れ出る水の様に出現するファントムが、それをすっかり塞いでしまっていた。
退路も断たれ、後衛担当のフィリアですらゼロ距離で奮闘している。全滅は時間の問題であった。
「しまッ......!!」
近接戦闘を展開していたフィリアが、その杖を一際体格の大きい影にガッシリと掴まれたのだ。
急ぎ引こうとするも、人間を遥かに超えた力でその身ごと横に振り飛ばされ、遺跡を織り成す建造物の一つに全身を叩き付けられてしまう。
「かはッ......!?」
息が詰まり、背中を槍で突いたような痛みに思わず喘ぐ。激しい衝撃に老朽化した壁は崩れ落ち、瓦礫となってフィリアの体へと覆いかぶさった。
「「フィリアっ!!!」」
ティナ、クロエ、レイルの三人が眼前の敵そっちのけで走り向かうも、横たえるフィリアにファントムは鋭利な爪を振り上げる。
到底間に合わない。どんなに急いでも数秒...、三人にはそれより速く彼女の元へたどり着く手段が無かった。
しかし、鋭く尖った爪がフィリアを八つ裂きにせんと振り下ろされる瞬間だった。
「『メテオール』!!」
薄い金色の髪、可憐な花を彷彿とさせる少女が、何者も寄せつけない流星の如きスピードで影へと肉薄し、その巨体を真横から蹴り飛ばしたのだ。
凄まじい威力を持った一撃で吹っ飛んだファントムは、そのまま他の集団目掛けて勢いよく突っこむ。
バラバラとドミノ倒しのように敵が倒れ伏し、戦闘地帯に一瞬の空白と沈黙が生まれた。
首の皮一枚繋がり、瓦礫からなんとか身を起こしたフィリアに、優しい声と手が差し伸べられる。
「大丈夫フィリアちゃん? 遅れちゃってゴメンね、立てそう?」
「おっせーよフィオ! その高速化魔法、もうちょっと早く詠唱できないのか?」
今の今まで前衛に立ち、ティナ、クロエと剣を浴びせていたレイルが文句を言う。それに対し、「これでも一応高速詠唱してるんだから!」っとフィオーレが反論した。
「あのっ......フィオーレさん、ありがとうございます、おかげで助かりました」
フィリアは魔法杖をガンッと床に突き刺し、もたれながらゆっくりと立ち上がる。彼女が攻撃以外で杖を使用するのは初めての事だ。
決して少なくないダメージに荒い息を吐き、細く整った足を震わせるが、視線を前に向ける。
「フィリア、無理しないで一旦下がった方が......」
「私は騎士ですよ、これくらい全然平気です! むしろ、あんなのでへばったら"お兄ちゃん"に笑われます」
彼女にここまで意識させる兄とは、一体どんな人物なのだろうとふいに考えるが、すぐに頭のタンス奥深くへしまった。
戦闘はまだ終わってないのだから......。
再び攻勢に出ようとするファントムに、ティナ達も迎撃の構えを取る。物量の差から生じる不利は教導隊でもしっかり教えられた。
質対量。長引けばこちらが不利なのは自明で、早急な一点突破が望まれる。
双方がほぼ同時に仕掛け、互いの攻撃がぶつかる刹那......。"それ"は起こった。
突き上げるような衝撃が遺跡の真下から響き、激震が走る。周囲のあらゆる建造物や上層に輝く高純度マナクリスタルは崩壊を起こし、火花を上げた戦闘は一瞬にして停止する。
「なにッ......この揺れ!? 噴火!?」
「分かりません! ですが体が重くなってます......! 押さえられてるみたいに!」
「この感じ......まさか!? 遺跡ごと上に昇ってる!!」
「なんだよなんだよ! もう何がどうなってんだよー!?」
「全員落下物にも気をつけて! 岩とかマナクリスタルが落ちて来る!!!」
雲を突き抜けるエルキア山脈。その内部に広がっていた遺跡は、今加速度的に上昇するという常識から大きく外れた事態が発生した。