第35話 古代の碑文
「ハァッ、ハァ、なんとか......振り切れましたね。正直もうダメかと思ってました」
薄暗く、周囲に生えたマナクリスタルから放たれる魔光が淡く照らす洞窟の中。五人はファルクスコーピオンから逃れることに成功し、一先ず安堵の息を着いていた。
「でも勢いで入っちゃったけど、これどこまで続いてるんだろ? 一応明かりはあるみたいだけど......」
「戻ってもさっきの敵に遭遇する可能性があるわ。とりあえず、今はこの洞窟を進みましょう。もしかしたら出口があるかもしれないし」
砲兵の支援も無しに危険指定【B】の敵対生物をこの人数で相手するのは、装甲列車に単騎で挑むのと同レベルの無茶だ。
ここは、警戒しつつ奥へ行くしか選択肢が無かった。
「しかしスゲーな、このあちこちに生えてんの全部マナクリスタルかよ。なあ、依頼書にあるこの高純度ってのはどう見分けをつけるんだ?」
「私が普段使う七五式がその高純度マナクリスタルなんですけど、なんと言うかこう......魔力に当てると通常のものより強く光るんです」
「へー、でもさ、かといって一個一個試すのも面倒くさいしぱっと見の外見じゃ分かんないの?」
しばらく「んー......」っと記憶を探ったフィリアが、その手をポンと叩いた。
「確か...、通常のマナクリスタルとは違って、それ自体が魔力を微弱ですが放ってるんです。なので、一際魔光が明るいものの傍にひょっとしたらあるかもしれません」
一応視覚的な特徴をフィリアが発見するも、これでは大量の三ツ葉の中から四つ葉を探すようなもので、非効率的なのに変わりは無かった。
とりあえず辺りのマナクリスタルに目を懲らしながら進むが、結局素人のティナにはてんで見分けが付かない。
「うぁーダメだー、全然分かんない......。こんなのどうやって見つけろっていうのよー」
ティナが珍しく弱音を漏らす。
目的が目の前にあるなら彼女は幾分も頑張れるのだが、こういうゴールの見えない事には滅法弱いのだ。
おまけに、そんな一行の行く手を遮るようにして大きな壁が立ちはだかった。
「おいフィオ、これってまさかアレか? いわゆる......」
「うん......行き止まりみたいね」
かなりショックを受けたのか「嘘だろおおおおぉぉ!?」っと、頭を抱えて絶叫するレイル。
さすがのティナも落胆し、思わず絶句していた。
「わっ、私のよく読む小説では、隠された通路や扉があるのがお約束です、どこかに怪しい箇所は無いですか?」
もはや半ば現実から逃避したフィリアが、レイルと周りの壁を調べるも、当然スイッチなど出て来る筈もなく、すぐさま絶望へと突き落とされている。
立ち止まってから一分、はたまた五分程だろうか。これ以上居ても無意味と判断したフィオーレが、「来た道を戻りましょう」と言った時だった。
「ーーねえ皆、ちょっと試してみたいことがあるんだけど、良いかな?」
それはクロエの声。
彼女は本来なら髪と同じ漆黒の瞳を紫色に光らせ、スタスタと行き止まりの方へと歩き寄る。
この時、ティナは初めて目に見える物のみが真実とは限らないと学んだのであった。
「だあああああああああぁぁッッ!!!」
スキル『マジックブレイカー』を発動したクロエの拳が、行く手を塞いでいた岩壁を突き刺したのだ。
強烈な一撃に洞窟内が一瞬揺さ振られ、音が激しく乱反射する。
そして、"岩を演じていた"半透明の壁は、バラバラになって空気中へと消え去ってしまった。
「「「「へっ......!?」」」」
あまりに不意の行動に、思考が追い付かず呆然とする。
門番のように立ちはだかっていた壁は、跡形も無く割れ砕けてしまったのだ。岩に見えたそれは、決して見た目そのままでは無かったと気がつく。
「今のはもしかして......『魔甲障壁』?」
フィリアがポッと呟いた『魔甲障壁』とは、魔導師が張れる一種の防護魔法だ。
強度はその者の実力に左右され、ガラス程度のものから軍艦に匹敵するものまで展開できるとされる。
「クロエもしかして、あなた最初から気付いてたの!?」
以前教官室からティナが盗み聞いた彼女のスペックは、対魔法で恐ろしく特化していた。今思い返せば、対魔法訓練の際にも透明化魔法で姿を消していた魔導師に、クロエは僅かだが反応していた。
「やっぱ素手だと痛ったいな~ッ......! でも大当たりだよ、誰が張ったかは知らないけど、あの壁は魔法で作られた偽物。この先を隠すためのね!」
痛そうに右手を押さえたクロエが、視線で指した
「じょ、状況があんま飲み込めねえが......これ新しい道だよな? すげえ、てっきりもう終わりかと思ってたぜ!!」
見れば、障壁があった場所を境に石畳が敷かれており、明らかに人の手が加えられていた。
興奮したレイルを先頭に、ティナ達はその先へと進む。
しかし、それはすぐに終わりを告げた。
しばらく歩いた一行を迎えたのは、暗さに慣れた目を刺さんばかりの明るい光と広大な空間だった。
あちこちに立つ半壊した石造りの建造物やモノリス、頭上にぶら下がった巨大なクリスタル群からは、太陽の様に眩しい光が降り注いでいる。
中央にそびえる石碑はどこか神秘的で、見た事の無い文字がびっしりと描かれていた。
「何ここ、遺跡? それに上のアレはマナクリスタル?」
「はい、あの強い輝きは高純度マナクリスタルそのものです! しかもあんなに大きいなんて」
クエストの達成が見えて感極まるティナ達だが、フィオーレ一人は遺跡にくぎ付けとなっていた。
彼女は何かに取り憑かれたみたく、中央に立つ石碑へ駆け寄ると、手でソッと触った。
「すごい......、【古代王国】の遺跡がこんなところにあったんだ」
「【古代王国】って、ストラスフィア王国が出来るもっと前に存在した国ですよね?」
追いかけてきたフィリアが言う。
「そうよ、多分ここはその国が残した遺跡に違いないわ」
少しして、フィオーレが石碑に書かれた碑文をゆっくりと読み始めた。
「『大樹は実った。異世......開き、十二契約の......魔。反動来たる。天変......よるネロス......アの滅亡に伴い、我々は英雄ク......ウェルを眠りに着かせ、血......装と戦略、器を各地に隠す。ロム......は空を照ら......』ーーダメ、掠れちゃってて後は読めない」
「大樹? なんかバラバラでサッパリね」
「ってかフィオーレ、その古代語読めるんだ」
いまだ石碑を見つめるフィオーレは、「興味があって...」と返答する。
だが、のんびりとした空気は次の瞬間をもって消え去った。
ふと振り向いたティナは、気配を感じさせる事なく接近していた黒い影に気がついた。それは以前、アクエリアスの水上列車に突如として現れたものと同種。
エルミナという吸血鬼が言っていた、『ファントム』であった。